第十話『ランキングと、映(ば)えの女』
日曜の夜。アパートの自室。ミッション開始まで、あと10分。
俺はハンガーにかけておいたスカジャンを、律儀に手で羽織った。
背中の金色の虎の刺繍が、アパートの安っぽい照明を鈍く反射する。
鏡の前で、買い直した白い半仮面を装着。
これで準備完了だ。どうだ、完璧だろ。
スマホに表示されたマイページを眺めて、ニヤニヤが止まらない。
《ダイバー:HYAPA》
《フォロワー:3623》
《換金可能額:¥150,280》
《保有LP:4157》
「フフ……最強じゃねえか」
十五万だぞ、十五万。あのクソみたいな灰色の現実で、俺が一か月、死んだように働いて稼ぐ手取りとほぼ同じ額が、たった数回の配信で入ってきた。LPも四千以上貯まっている。この前、あのクソダサい8bitのBGMをアンロックするのに3LP使ったから、だいたい機能購入のポイントだってことは分かる。……まあ、四千っつっても、しょぼいBGMが四千曲買える程度だろ。やっぱ大事なのは現金、十五万だよな。
俺は最強だ。フォロワー三千人超え。Wikiによれば、もう「人外一歩手前」の領域らしい。この前、ゴーストノイズを粉砕した《DQNタイガーナックル》もある。もう、鴉森狂夜みたいな化け物ランカー以外にはビビる必要もねぇ。
俺は運営から届いたDMをもう一度確認した。これだ。次のステージ、「シャドウバン層」を抜けるための招待状。
《ウィークリー・ルーキーランキング:参加資格ミッション》
開催日時:日曜20:00
指定座標:エリアK-13(廃墟ショッピングモール)
ミッション内容:指定エリア内のレブナント大規模殲滅
クリア条件:貢献度ランキング上位5名。
「……上位5名」
ランキング。スコア。いいじゃねえか。俺が“空気”だの“君”だの呼ばれてた現実とは違う。数字で、順位で、俺の存在が証明される。
「待ってろよ、雑魚ども。俺が全部かっさらう」
ミッション開始は20時。指定座標はエリアK-13。
この前の転移ルールを思い出す。アパートでログインしたら、鏡界でもアパートに出ちまう。俺はスカジャンの上からコートを羽織って現実の顔を隠し、スマホのナビを頼りに、現実世界の「エリアK-13」へ急いだ。
たどり着いたのは、街外れにある、閉鎖されたデカいショッピングモールだった。
薄暗い駐車場の隅、ミッション開始時刻ぴったりに、俺はECHOアプリの転移ボタンを強くタップした。
視界がセピア色に染まる。転送先は、だだっ広い空間だった。
天井はガラス張り、ほとんど割れ、鉄骨がむき出し。
錆びついたエスカレーター。転がるマネキンの首。
……ここが、廃墟ショッピングモールか。
すでに二十人近いダイバーが転送されてきて、ザワザワと待機している。
ウィィン、と観測ドローンE.C.O.が起動した。
「観測を開始します。ダイバー・ヒャパ、ログインを確認」
「おお、E.C.O.。今日も頼むぜ。ガッツリ撮れよ」
「配信を開始。《LIVE:ON AIR》」
ウィンドウが開く。フォロワー三千人を超えた俺の配信は、もう「視聴者0」じゃない。数字が一気に跳ね上がった。
《視聴者数:1850》
『おお、カエル兄貴きた!』
『DQNナックル待機!』
『ミッション頑張れよー』
「通知。あなたの累計いいね数が規定値に到達したため、本日の配信より《高画質モード(4K)》を適用します」
『おお、4K!』
『今日は4KのDQNが見れるのかwww』
『画質上がってダサさもアップか?w』
「4K!? マジか!」
「ええ。あなたのDQNムーブが、無駄に高精細に配信されます。おめでとうございます」
「うるせえ! 最高じゃねえか!」
コメント欄の嘲笑と、1800を超える視線を浴びて、脳がじんわりと熱を帯びる。
その時、周囲の冷たい視線に気づいた。
他のルーキーたちが、俺を見てヒソヒソ話している。
そいつらの装備を見て、思わず固まった。
「……は?」
ピカピカ光るSFアーマー。宝石の埋まったローブ。
背中に身長ほどの大剣を背負う剣士。
……全員、ガチ装備じゃねぇか。
(ECHOって、こんなファンタジーゲーなのか!?)
俺、スカジャンにメリケンサックだぞ。
……いや、違う。俺には最強の武器がある。
俺は慌ててインベントリから《DQNタイガーナックル》を取り出し、右腕に装着した。
金色の虎がギラリと光る。
どうだ。こっちだってガチ装備だ。
その瞬間、周囲のヒソヒソ声が確信に変わった。
「おい、マジかよ」
「あのスカジャン……あの虎のナックル……」
「『カエル兄貴』だ!」
「うわ、本物www 狂夜にケンカ売ってカエル声で瞬殺された、あの!」
「DQNナックルのご本人登場www」
嘲笑だ。スカジャンとナックルを見て、この場にいる全員が笑っている。
(……ああ)
ゾクゾクする。脳が焼ける。これだ。これだよ。
フォロワー三千人の視線だけじゃない。
今、この場にいるライバル全員の視線が、俺に集中している。
俺はDQNナックルを天に突き上げた。
「そうだ! 見ろ! もっと見ろ! 俺がヒャパだ! フォロワー5のゴミとか言ってたヤツ、誰だオラァ!」
ガチ装備のルーキーたちが一斉に引いた。
いいぞ。
もっと引け。
もっと見ろ。
E.C.O.が淡々と分析する。
「観測対象の興奮を確認。HYPE上昇中。……相変わらず下品ですね」
その時だった。
「キャーーーーッ! みんな、お待たせーっ!」
甲高い声が、廃墟モールに響き渡る。
ピンク色の光と共に転移してきたのは、ツインテールのギャルだった。
フリフリのミニスカートに、ネコ耳パーカー。
「やっほー! キララだよっ☆ みんな『カワイイ』ってコメントしてね!」
彼女専用のドローンが、PVみたいに周囲を飛び回る。E.C.O.がスッと分析ウィンドウを出した。
《HN:キララ☆》
《フォロワー数:4210》
「……は? 4000超え!?」
俺より多いじゃねえか!
俺のコメント欄は「DQNwww」「カエルwww」で埋まってるが、彼女の配信は――
『キララ☆今日もカワイイ!』
『世界一!』
『結婚して!』
……賞賛の嵐。
「うわ……真逆のタイプか。『カワイイ』で強くなる系かよ」
キララ☆は手を振りながら笑っていたが、ふと俺に気づいた。
ツインテがピタリと止まる。
その目が、俺を上から下までなめるように見た。
「うわ……」
「あ?」
「なにアレ。ダッサ……。スカジャンにメリケン? 超ありえな~い」
カチン。脳の奥で何かがキレる音がした。
「んだとコラ」
「えー、マジマジ。センスやばすぎでしょ。
てかアンタ、『カエル兄貴』って呼ばれてる人でしょ?
狂夜様にワンパンされたダサい人じゃん」
「……テメェ」
「ま、いいや。どうせアンタみたいなDQNは、すぐ脱落してくし☆ キララ、雑魚には興味ないんで!」
こいつ……! 俺がナックルを握りしめ、一歩踏み出したその時。
『これより、ウィークリー・ルーキーランキング参加資格ミッションを開始します』
運営のアナウンスが響き渡る。廃墟モールの奥、暗闇の向こうから、グオオオオ……とレブナントの咆哮。
「よっしゃ! キララ、1位獲っちゃうよ!」
キララ☆の両手にピンク色の光が集まり、現れたのは、フワフワの毛皮がついたピンク色の《肉球ナックル》。
「みんな、キララの応援よろしくねっ☆」
「……フン」
肉球ナックルだぁ? ふざけんな。俺は《DQNタイガーナックル》を構え、金色の虎をキララ☆に向けた。
「うるせぇ! 獲物も視聴者も、俺のもんだオラァ!」
「はぁ? DQNは黙ってなよ!」
俺とギャルが睨み合った瞬間、ミッション開始のブザーが鳴り響いた。




