月曜日の夜
定例ミーティングが終わると、みんな足早に会議室を出ていった。
ミーティング中、まともに資料を見ていなかった。
北村先輩がプロジェクトの進捗を説明している間、私は彼の横顔ばかり見ていた。整った鼻筋、きれいな顎のライン。4点台は間違いない。4.5?いや、もっと高いかもしれない。
谷口さんが質問をした時も、彼女の顔を観察してしまった。大きな瞳、くっきりとした二重、すっと通った高い鼻筋。ちょっと外国の女優さんぽい。4点台前半?後半?そんなことを考えている間に、議論は次の話題に移っていた。
最悪だ。顔を数値で考えるなんて。
会議室を出ようとすると、北村先輩と谷口さんがホワイトボードの前で話し込んでいた。
「この部分、もう少し詰めた方がいいかもしれませんね」
谷口さんが指差す箇所を、北村先輩が覗き込む。二人の距離が近い。
「確かに。明日また相談しようか」
「はい、お願いします」
自然な会話。自然な距離感。でも、私には二人の間に流れる特別な空気が見えた。胸が、ちくりと痛む。
――二人とも、何点なんだろう。
自己嫌悪に襲われながら、会議室を後にした。
帰宅して、夕食も取らずにパソコンを開く。先月の歓送迎会の写真がフォルダに入っていた。部署全員が写っている集合写真。あの時はまだ、みんなの顔をただの顔として見ていた。
今は違う。
写真を見ると、数字が浮かんでくる。正確には、数字を知りたくなる。
ダメだと思いながら、画像処理ソフトを立ち上げた。写真から顔を切り出していく。まず谷口さん。次に北村先輩。気がつけば、部署全員分のファイルができていた。
切り出した画像を、昨日作ったシステムに読み込ませる。ボタンをクリック。
結果が表示される。
谷口さん:4.0
思ったより低い。いや、4.0は十分高いはずだ。でも、もっと高いと思っていた。
北村先輩:3.4
画面を見つめる。3.4?そんなはずはない。もう一度、別の切り出し方で試してみる。3.4。変わらない。
吉川くん:3.6
北村先輩より上?意味が分からない。吉川くんは別部署のエンジニア。金曜日の勉強会で発表してくれてたけど、別にかっこいいなんて思わなかった。
他の同僚たちは2.8から3.4の間に収まっていた。そして私は3.0。いつもより0.1低い。集合写真だからだろうか。
結果を眺めながら、違和感が募る。谷口さんが4.0なら、芸能人はどうなるんだろう。
ネットで画像を検索する。誰もが認める美人女優の写真。完璧な一枚。システムに読み込ませる。
4.7
5点じゃないの?
別の女優。トップモデル。人気アイドル。次々に試していく。4.5、4.2、4.3。誰も5点に届かない。
データセットの中身を詳しく調べてみることにした。数千枚の顔写真とその評価値。グラフを作成してみる。
きれいな釣鐘型の分布が現れた。平均3.0を中心に、左右対称に広がっている。ほとんどの人が2.4から3.6の間に収まっている。
1点台や4点台後半は、ほんの一握り。5.0に至っては、理論上の最高値でしかない。
つまり、4.0の谷口さんは相当な高評価ということだ。でも、4.0と3.4の違いを、どう理解すればいいんだろう。
これって……
偏差値に変換するプログラムを書いた。入試のときに見た、あの偏差値。
変換結果が表示される。
谷口さん(4.0):偏差値67
吉川くん(3.6):偏差値60
北村先輩(3.4):偏差値57
私(3.1):偏差値52
偏差値で見ると、なんとなく実感が湧いてくる。私は52。平均よりちょっと上。谷口さんの67は、確かに飛び抜けている。
――顔面偏差値。
ネットで見かける、あの言葉が頭に浮かぶ。まさに今、私がやっていることだ。
でも、北村先輩が57?
吉川くんより下?
急に、自分のしていることの恐ろしさに気づく。他人の顔写真を勝手に切り出して、点数をつけて、偏差値まで出している。最低だ。
でも、と思い直す。
誰だって心の中でやっていることかもしれない。「あの人は美人」「あの人は普通」って、無意識に順位づけしている。私はそれを数値化しただけ。それに、顔写真を知らない会社のサーバにアップロードしているわけじゃない。このパソコンの中だけの話。誰にも見せない、誰にも言わない。
そう自分に言い聞かせても、罪悪感は消えない。
画面に表示された数字を見つめる。これが客観的な評価。機械が下した判定。でも、何かが違う気がする。
北村先輩の魅力は、57なんかじゃ表せない。声、仕草、笑顔、優しさ。数値化できないものがたくさんある。
分かっている。分かっているのに、数字が頭から離れない。
時計を見る。午前0時。
窓の外を見て驚く。いつの間にか激しい雨が降っている。ガラスを叩く雨音。全然気づかなかった。
ベッドに入っても、目が冴えて眠れない。
「偏差値52」
声に出してみる。平均より、ちょっと上。可もなく不可もなく。
目を閉じると、今日見た顔に偏差値が浮かんで見える。谷口さん67、吉川くん60、北村先輩57、私52。
――みんなが偏差値になってしまった。




