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無罪になった日。

「あの、師匠。そろそろ別行動しましょうか」


 流石に氷漬けから解放されてしばらくは本調子ではなさそうだったので、青蘭は湯江と行動を共にした。

 けれども一週間すぎて、青蘭は言い出した。


「なんでだ?前も一緒に暮らしていたじゃないか」

「あの、師匠。私、歳のことは言いたくないのですが、いわゆるおばさん、二十九歳なんです。だから一緒に行動する必要はないと思います」

「……あの時は悪かった。本当に。だけど、お前は俺の弟子だ。師弟一緒にいることはおかしなことじゃないと思うが」

「そ、そうですけど。あの、それは弟子がまだ小さいうちで。私は、あの、師匠よりも年上なので……」


 青蘭はしどろもどろに説明する。

 自分が年上であることがとても複雑な心境だった。

 師匠、師匠と呼び頭を撫でてもらってことが懐かしい。


「そうか。今はお前の方が年上か。なんか不思議な気持ちだな」

「ええ。本当に」


 湯江は少し考えて後、ポンと手を叩いた。


「じゃあ、設定を変えよう。お前が俺の嫁、だったら。一緒にいてもおかしくないだろ?」

「な、なんですか。その設定。あの別に設定を変えなくても。一緒に行動する必要がないんですよ」

「いや、一緒にいたほうがいい。あいつらは俺たちをまだ探しているんだろう?というか、俺たちが死ぬまで追いかけてきそうだ。俺の氷がとけたのは、あの水の精霊使いが死んだかららしいし。その弟子とかが、俺らを狙っていてもおかしくない」

「そうですけど」

「二人の方が迎撃しやすいだろ?な?」

「はい」


 そう言われてしまい、青蘭は頷くしかなかった。

 十五年前とは違うことは沢山ある。

 年齢。

 そして設定だ。

 前は兄弟。

 今度は夫婦だ。

 三か月に一度住処を変える際にベッドが一つしかなかったりして、困ったことがあった。けれども湯江にとってはどうでもいいことらしく、ベッドで一緒に寝ても何かが起きることはなかった。

 気にしているのが自分だけのようで、青蘭はなんだか悲しくなってしまった。

 彼女はなぜ悲しいのか、その理由を深く考えず、湯江と行動を共にし続けた。


「青蘭。お前、恋人とかいるのか?」

「いませんよ。作れるわけないですし」


 精霊使いから逃げる生活をしているため、本名などは明かせない。 

 そのような状況下で、恋などしている余裕はなかった。

 彼女は仕事が終わるとまず、氷の彫像になってしまった湯江を影から取り出して、何も変化がないか確認する。そして影にしまう。

 そんな生活を十五年も続けてきた。


「すまなかったな」

「別に謝る必要ないです。あなたは私の師匠ですし、私もあの光の精霊使いは許せませんでしたから」


 光の精霊使いは言い値の額を用意したにも関わらず、到着するのが遅かった。息を引き取った大師匠を見て、これはどうせ助からなかったよ。私のせいではない、と言い切った。

 他に言う言葉があるだろう。 

 そもそも、最初に青蘭が頼みに言った時に快諾していれば、大師匠は命を落さなかったかもしれない。


「責任は取る。お前の人生の責任は」

「必要ないですから。それよりもうやっぱり別行動しましょう。師匠はまだ二十五歳。これから色々やりたいこともあるでしょう。私に構わないでください」


 確かに青蘭はこの十五年、湯江の氷の彫像をもって逃げ続けた。

 けれども、彼は彼女を庇って氷の彫像になってしまったのだ。

 元はと言えば、彼女が氷の彫像になっていたかもしれない。

 そう考えれば、彼の人生の責任を取らないといけないのは青蘭かもしれない。

 彼女ができることは、彼を解放してあげることだ。


「別にやりたいことなんてない。俺はただお前が立派になるのを見れるだけでいい。大師匠にも誓ったんだ」

「大師匠が……。ですけど、師匠の人生を私は邪魔したくありません。私はもうこの通りおばさんなので、一人でも大丈夫ですし。ある意味立派になってますよ。私」


 闇の精霊使いとしての実力は湯江と並ぶ、もしくは超えたかもしれないと青蘭は自負していた。


「そんなに一人になりたいのか。お前は」


 そんな意味ではないのだけれども、湯江は勘違いしているようだった。


「なら、勝負しよう。お前が俺より強くなっていたら、別行動だ」

「いいですよ。受けて立ちます」


 二人の街から遠く離れた場所で戦うことを決めた。 

 夜の影を使って、どっちかが負けと言った時に勝敗が決まる。


「では始めようか」

「はい」


 闇の溶けこみ、お互いの影を使って殴り合う。

 二人の実力は拮抗していた。

 湯江はかなり驚いていて、青蘭はしてやったりと笑みを浮かべる。


「湯江さん、青蘭さん!」


 二人が攻撃に移ろうとしたとき、声がかかる。

 敵だとの認識して、二人は態勢を変えた。


「待って、待って!私は精霊使い協会の喜名きなです。あのお二人への指名手配なくなりました。光の精霊使い安吏あんりの罪が明らかにされたのです」

「どういうことですか?」


 青蘭も、湯江も喜名と距離を取りながらも、構えを解いて問いかける。


安吏あんりは、何人もの罪のない人の治療を放棄して死なせました。意図的にです。これは光の精霊使いとしては最低な行為で、大罪です。通常なら死罪。けれども、()()()()()によって彼は死亡。だからあなた方には罪はありません」

「本当ですか?」

「ええ、大変遅くなってすみません。水の精霊使いがとんでもないことまでしていたみたいで」


 喜名きなと名乗った男の目が細まり、それだけで二人は理解した。


「私も闇の精霊使いです。髪まで染めてずっと大変でしたね。これからは青空の下で過ごされてくださいね。何かあれば私を呼んでください。それでは!」


 喜名はそう言い、手を振ると影に溶け込みいなくなってしまった。


「本当ですかね」

「本当だろ」


 そうして二人が逃亡を続ける理由はなくなり、同時に一緒にいる理由も消えてしまった。


「すっかり荒れてしまいましたね」

「そうだな」


 二人は大師匠と暮らしていた場所へ戻ってきていた。

 この場所は誰かに見張られている可能性があると、随分長く訪れていなかった。

 建物の補強、片付けなどをし、暮らせるようになったのは二日後。


「じゃあ、私は出ていきますね」

「なんでだ?」

「だって、大師匠の家は、師匠が継ぐのは普通ですよね」

「一緒に暮らそう」

「へ?」

「一緒がいいんだ」


 青蘭は目を瞬かせて、湯江を眺める。


「えっと、あの。俺と結婚してください」

「えええ?師匠?」

「湯江と呼んでくれたら嬉しい」

「え、どうして、責任なんか取らなくていいんですよ。本当に」


 青蘭は湯江の突然の言葉が責任からきているとしか思えなかった。


「責任じゃない。青蘭がいいんだ」

「師匠は、あの、ほら、氷漬けになった期間が長くて、ちょっとおかしくなってるんですよ。責任なんかとらなくてもいいですよ。本当。師匠はかっこいいですし、まだ二十五歳です。これから色々縁があるはずです」


 女性と違い男性は年齢が上でもモテる。

 特に湯江は顔立ちが整っていて、もてるはずだった。

 十五年前、弟として一緒に行動を共にしている時、声をかけられることも多かった気がする。

 青蘭はそれを思い出し、複雑な心境に陥る。

 あの時、幾人もの女性に声をかけられる湯江を見て、イライラしていた。それがどういう気持ちだったのか、今わかってしまった。

 それでも青蘭は湯江の申し出を受けることができなかった。

 彼は十五年も氷漬けだったのだ。

 あまりにも世の中を知らなすぎる。

 追われていて時間も多い。

 

「お前も可愛いし、今は俺というお荷物もない。自由に恋愛ができる。俺以外に誰かがお前と一緒にいるのは嫌だ」


 湯江の言葉に胸がきゅっとする。

 十五年、彼女は恋をする時間がなかった。また興味もなかった。

 ただ彼の氷の彫像が壊れていないか、何か変化がないか、確認するのが日課だった。そうして彼がどこも傷ついていないことを知り、安堵して眠りについた。

 その彼が今、動き、彼女を見ている。


「青蘭。一緒に過ごそう。そして同時に色々見て回る。そして俺の気持ちが変わらなかったら、結婚を考えてくれるか?」

「……わかりました」

「じゃあ、まずは呼び名から。湯江って呼んでくれ」

「……湯江さん」

「つらい」

「え?」


 がっくりと膝を落したのを見て、青蘭は心配になる。


「ああ、悪い。俺も慣れなきゃ。これからよろしくな。青蘭」

「はい。し、湯江さん」


 氷漬けから解放され、年下になった師匠から結婚を申し込まれた弟子。

 現在お試しでお付き合い中です。


(おしまい)

 

 



 

 

 

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