魔術師vs魔術師②
「最初殴りかかってきた時、なんで固有魔術を使わなかった?それで勝負決まっただろ」
「……こんなくだらないことで固有魔術の情報が漏れたら、たまったもんじゃないでしょ」
「……それもそうだな」
彼はニヤリと笑った。
澄子は拳を握りしめた。なぜたか手が汗ばんでいた。
固有魔術は自身の持つ魔術関数を利用するため詠唱による関数の呼び出しが必要なく、ノーモーションでの攻撃が可能だ。
速効性ある固有魔術は魔術師同士の戦いで最も警戒されるものだ。
故に、その情報が些細な事件が原因で周囲に共有されることは、『魔術師』として大きな痛手になる。
そのため、固有魔術は使う場所を選ばねばならないし、勝負が決まるここぞと言うタイミングでしか使わないのが基本だ。
澄子は腕を振り解き、後退。一度距離を取る。
詠唱速度はこちらの方が上。それならもう一度接近戦に持ち込める。
固有魔術の警戒はいらない。あいつだって馬鹿じゃない。こんなくだらない小競り合いで固有魔術の情報が割れる人間、普通はいない。
「胡蝶、飛翔、波及、」
「おいおい、さっきと同じ手かよ。対策してないと思ってるのか?」
おそらく、視神経を魔力で強化しているんだろう。魔力で底上げされた動体視力で空気の弾丸を見切るつもりだ。
それなら……
「遙遠。天津風、雲の通い路を吹き閉じよ。」
「なっ!!」
「その意は暴風」
魔導書に向かって魔力を流し込む。と同時に、澄子を中心として、その外側に向かって強風が吹き荒れる。
「下級のくせに二級魔術も使えんのかよっ!!」
少年はなんとか吹き飛ばされないようにしている。が、それに必死で体の自由はきいていない。こうなればもうカモだ。
「あなたの想像力不足ね」
魔術には魔術関数によって等級がある。三級魔術の関数は一の魔術に対して一の威力の魔術を生じる正比例のタイプ。
対して一級魔術は威力が指数関数的に増加する。
二級魔術はその中間といったところだ。
つまり、等級が上がれば上がるほど、魔力の効率が良くなるのだ。
「使うだけなら、あなたにもできるでしょう?」
澄子はゆっくりと歩きながら少年に近づく。
少年はうずくまって、必死に吹き飛ばされるのを防いでいた。
「できねーから想像してなかったんだろうが」
『使うだけ』なら、一級魔術もそこまで難しくはない。いつもより使う魔力に意識を割けばいいだけの話だ。
しかし『戦闘中に使う』となると話は変わってくる。等級が上がる程、詠唱句は長くなる。
さらに、魔力効率が上がるとは、裏を返せば魔力の操作がよりピーキーになると言うことだ。
動きながら。格闘戦をしながら。そんな状況下では上級魔術師だって一級魔術の使用を控える場合がある。
澄子も二級魔術を使用しながら、他の三級魔術を併用することはできないだろうし、格闘戦などもってのほかだ。
足元には少年の顔があった。
彼はこちらを睨みつけている。
澄子は彼を見下ろす。
こんな状況でも、まだ反抗の意思がある。
はい、すいません。あの柄の悪い男にそう言うだけでよかったのに。
怒るべき時とか、そんなの関係ない。
何もかも適当に済ませちゃえば、それで終わる話だったのに。
「あなた、バカね」
澄子が拳を振り下ろそうとした時、少年はわらっていた。