面倒事
「このバカ!!」
澄子は少年に体当たりをし、二人は倒れ込んだ。
その瞬間、鳥の群れの羽ばたきと聞き紛う音と共に、彼の指先から眩い光が走る。
目にも止まらぬ速さで男の元へ突き進んだ閃光は彼の頬を掠め、やがて霧散した。
「なにすんだよ!!」
姿勢を崩したまま、少年は澄子を睨む。
「それはこっちのセリフ!!一般人への魔術の行使は禁止されているでしょ!!」
澄子も負けじと睨み返した。
「あなたね、どれだけ面倒なことになるか分かってるの?!」
組合の魔術師が、戦闘用の魔導書の携帯や、有事の際の魔術の使用を認められているのは、魔法犯罪から一般人を守るためだ。
その魔術師が、この程度の事で市民に魔術を向けたら本末転倒だ。黒魔術と変わらない。大問題になる。
「面倒だからって、怒るべき時に怒らないのは違うだろうが」
少年は鼻の周りに皺を寄せて吐き捨てる。
さっさと立ち上がり、再び前方の男に目を向けた。
怒るべき時に怒らないのは違う。
本当にそう?
怒って面倒なことになったら嫌でしょ?
我慢すれば済む話でしょ?
ばかなやつ……
「黒雲、雨垂れ……」
着地点がない思考は進む先は少年の言葉で遮られた。
澄子は急いで彼の前に立ち、ガラの悪い男の壁になる。
「邪魔すんなよ」
「私の担当区域で面倒起こさないでよ」
「あんたの担当区域じゃなきゃいいのか?」
少年は表情は笑顔で歪んでいた。
「……」
澄子は目を伏せる。
はいそうです。とは言えなかった。
市民の平和とか、街の平和とか、正直どうでもいい。
そういうのは才能もあって、実力もあって、志がある人がやってくれればいい。
才能もない。実力もない。そんな奴が、立派な志を掲げたところで意味がない。
なら、波風が立たないように生きて、静かに死ぬのが人生の正解でしょ?
握り込んだ拳の紐を解いて、澄子はポケットに手を伸ばす。
取り出したのは彼のものと同じ魔導者だ。
こいつはもう黒魔術師認定されてもおかしくない。魔術の使用は問題にならないだろう。
「これ以上やるなら、私も容赦しないわ」
「同じ下級魔術師だろ?容赦してもらっちゃ困るな!!」
彼は八重歯を見せて笑った。
親指を思い切り噛む。滴った赤が白紙に一滴染み込んだ。