魔術師組合
フィクションの産物である魔術は実在した。西洋にはずっと昔から存在していて、日本にも黒船来航と共に伝わった。
しかし、魔術が世界に及ぼす影響を考え、その存在は明かされなかった。それはずっと歴史の影に隠されるはずだった。
ところが魔術は突然、表舞台に立たされた。
地球温暖化、エネルギー問題、その他諸々の問題に科学は匙を投げた。
科学の尻拭いをするために、魔術はその身を世界に晒した。
有用なものは悪用される。魔術もその例外になることはできなかった。
魔術を使った犯罪、事件は頻発した。
魔術を悪用するものたちは黒魔術師と呼ばれる。
「魔法会」という黒魔術師集団によって、日本は一時期、無政府状態にまで陥ったことがある。
その混乱で、何人も人が死んだ。
政府の魔法犯罪への不手際もあって、組合と言われた自警団が権力を得た。
それらは分裂と合体を繰り返し、現在は四つの組合が存在し、警察に代わり各地の治安維持をになっている。
魔術師組合ホークスアイズ。四大組合の一つ。澄子の職場にして、その愛知支部は名古屋の一等地にあった。
ビルには何人もの人が行き交っている。スーツを着ているサラリーマン風の人や、杖をついて歩く老人まで、その層は様々だ。
それは魔法組合が治安維持のみならず個人的な依頼も受け付けているが故の光景だった。
澄子も人の往来に混じって中に入っていく。
ビルの中に入るとすぐに受付がある。そしてそこには澄子が見慣れた男の後ろ姿があった。
「やぁ、お姉さん。とても美しいね。新人さん?どうりで見たことなかったわけだ。どうだい?受付の仕事は慣れた」
「いえ……あのちょっと……」
ひとつため息をつく。何やってんだあの人。心中呟き、大股でその男の元へ歩いていく。
彼の名前は金杉司郎、澄子の師匠だ。組合に加入した魔術師には指導役が一人つくことになっている。
指導役として澄子に魔術の基礎や、戦闘技術を叩き込んだのがこの男だった。
「先生、何やってるんですか?」
大きな背中に向けて澄子は話しかける。
男の後ろ姿は一瞬不自然に硬直する。そして電池の切れかけのおもちゃのような動きで振り返った。
「よ、よぉ澄子。珍しく早いな」
「そりゃ、たまには早く来ますよ。で、何やってるんですか?」
「いやぁ……組合を支えてくれている職員の方との交流というか、日頃の感謝を伝えようとしていたというか……」
額に手を当てて、澄子はまたひとつため息をつく。
身長も高く、実力もあり、顔もそこそこいいのに、時代感覚がずれすぎだ。
すごく残念な人だと澄子は思っていた。
「先生、そういうのが許される時代はもうとっくに終わりましたよ」
「……はい。スミマセン」
「で、なんですか。今日呼んだ要件って」
「あーそうだった。とりあえずこんなところで立ち話するのももなんだしカフェにでも行こう」
「わかりました。先生の奢りで」
「わかってるって」
受付の人に一言謝った後、二人はその場を後にした。