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第85話 ノベルノア総出!男爵祝い大さわぎ!

 王都の喧騒を後にして、リュウが魔法の扉をくぐり抜けると、そこは見慣れたログハウスの一室……のはずだった。


「……なんか、空気がざわついてないか?」


 扉の先に広がっていたのは、まさしく「お祭り騒ぎ」の最中。


 筆の家ログハウスから外へ出ると、いつもの道に提灯が吊るされ、色とりどりの紙飾りが風にたなびいていた。


「おおーっ!? リュウ様ご帰還ぞー!」


「チャガワ男爵、ばんざーい!」


「今夜は寝かせませんぜ、男爵!」


 どこからともなく現れた市民たちが一斉に歓声をあげ、リュウのまわりに集まってくる。その中には、野菜の納品業者のおじさんから、団子工場の作業員、寮暮らしの主婦まで、ノベルノアのあらゆる階層の人々がいた。


「ちょ、ちょっと待って、これどういう……」


「リュウ、遅かばいっ!」


 ルナが、和装姿のまま飛び込んできた。いつもの露出控えめなモフモフ服から一転、今日は真っ白な着物姿に金の帯。小さな獣耳も、いつになく凛々しくピンと立っていた。


「何この和装!? 着物!? 誰が着付けたの!?」


「ミランダさんとメイドの三人がな、朝からあたしばグルグル回しながら仕立ててくれたとたい! 王都支店のフィナとモモも今ごろ着飾っとるばい!」


 ログハウスを中心に広がるノベルノアの広場には、巨大なテーブルが並べられ、ササニシキおにぎり、団子、練り物各種、そして噂の生酒がズラリ。


「ノベルノア建国記念! チャガワ男爵叙爵記念! 二つまとめて、うたげだああああああっ!!」


 エルドの大号令とともに、どこから湧いてきたのか宙庭から天使族楽団の演奏隊が出現し、音楽が鳴り響く。


「なにこの……愛され感!?」


 あっけに取られるリュウの肩を叩いたのは、マオだった。今日は芋の模様が施された正装ローブに、焼き芋の香りを染みつかせている。


「フッ……王国はお主に爵位を与えた。だが、ノベルノアは、お主に敬意と愛情を贈ったのだ」


「かっこいいこと言ってるけど、芋くさいから説得力ゼロだぞ!」


「さあ、我が芋鍋の出番よ! 食せ、ノベルノアの民よぉぉぉ!!」


 ◆◆◆


 夜更け。


 魔法の提灯が宙に浮き、空は星の海へと変わっていく。音楽と笑い声は止むことなく、筆の家本部から芋王城、団子通り、酒蔵横丁に至るまで、街全体がひとつの巨大な宴会場と化していた。


 街の中心広場に立つ、筆と本を模したモニュメントには花と布が飾られ、その根元には小さな看板が立てられていた。


 そこには……


《ノベルノア建国の地。ここに、リュウ・チャガワ男爵の物語が始まる》


 リュウは人々に囲まれながら、ようやく小さく息をつく。


(……なんだよ、結局、スローライフどころか、めっちゃ人生ハードモードじゃんか……)


 だが、横に寄り添ったルナが、そっと彼の腕に額を当てて言った。


「よかたい、スローじゃなくても、にぎやかながらも、あんたが真ん中におる人生も、悪くなかけん」


「……ありがとう」


 リュウはその言葉に、心からの笑みを浮かべた。


 ノベルノアは、今日も賑やかだ。

 ここから、また新しい物語が始まる。


 ◆◆◆


 祝賀の夜が明けて、ノベルノアの朝がゆっくりと始まっていた。

 昨日の喧騒がまるで夢だったかのように、空気は凛と澄んでいて、筆の家ログハウスの煙突から立ちのぼる白い煙が、のんびりとした時の流れを象徴していた。


「はぁ〜……朝から静かだと逆に不安になるな……」


 リュウはお茶を啜りながら、宙庭の縁側で空を見上げた。

 男爵という肩書きを手に入れても、変わらないものがある。

 それは、異世界に転移してから一貫して持ち続けていた「自分のペースで生きること」だった。


 とはいえ、変わらざるを得ないこともある。

 ノベルノアはもう、ただの集落じゃない。工場も街道も整備され、循環馬車が走り、住民票も存在する、正式な王国の一都市となったのだ。


 その責任は、リュウという男に重くのしかかる。


 ◆◆◆


「チャガワ男爵、朝の報告に参りました」


 現れたのは若き監査官、メルト・カーティス。

 まだ年若いながらも、几帳面な彼は、毎朝の定例報告を欠かさない。しかもめちゃくちゃ早起き。


「水田の様子良好。ササニシキの出荷予定は本日分でおにぎり三百個分、団子二百本分の原材料が確保されています」


「うん、ありがとうメルトくん……って、どんだけ団子消費してんのこの街」


「芋スイーツ通りとの競合が激化しておりまして……」


 リュウが頭を抱えるそばから、マオがふらりと現れた。


「フフフ……我が芋スイーツ軍、敗北などせぬ」


「そんな派閥戦争やめてぇぇ!」


 そのとき、工業エリアの方からけたたましい音が響いた。


「スクロール研究所で爆発音だと!? またエルドかぁぁぁ!」


 まったくもって、スローライフとは程遠い日常。


 ◆◆◆


 昼下がり、ログハウスの縁側に皆が集まっていた。


 ルナは膝の上に小さな芋のぬいぐるみ(マオ製)を乗せ、ティアはノベルノアの開発マップを更新中。エルドは「次は魔導ホットプレートを開発するんだ!」とよく分からないことを言っていた。


「……これが、俺の選んだ世界か」


 リュウは茶碗を片手にそう呟く。


「不便で、喧しくて、何かと手がかかって、でも……やっぱり面白いな、ここ」


「当たり前ったい。あんたが一番、振り回されとると」


「それは言わない約束だろ……」


 宙庭の空は、どこまでも青く、そして広い。

 その遥か下……ノベルノアという名の小さな街が、確かにそこに根を張っていた。


 人が生きる場所。

 夢が育つ場所。

 そして、物語が生まれる場所。


 スローライフなんて、きっとずっと先。


 それでも、今日もここに、笑い声と香ばしい味噌の香りが満ちている。

 

 

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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