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第84話 ノベルノア建国記 〜男爵リュウ、誕生す?

 空は春の気配を纏い始め、冬の名残の冷気もようやく和らぎつつある昼下がり。

 “ノベルノア“それは、筆の家本部ログハウス周辺に広がる新たな開拓地の名だった。畑はすでに若葉を芽吹かせ、職人たちは街の骨格を作りあげるべく、カンカンカン、と金槌の音を響かせていた。


 味噌の匂い、醤油の匂い、日本酒の芳香。練り物の甘じょっぱい香りに、遠くで芋を焼いている香ばしい香りまで漂ってくる。まるで鼻だけで小腹が空くような場所。


「はぁ……今日も平和だなぁ……スローライフって最高……」


 リュウはログハウスの縁側に腰掛けて、干し芋を齧りながら空を見上げた。隣にはルナが湯呑みを抱えてぬくぬくと丸くなっている。


「アンタ、あんだけ街づくりで奔走しといて今さら“スローライフ”とか言いよっと?」


「いや、最終的にはゆったりした生活がしたいってだけで、今は準備期間だよ準備。こう……種を撒いて育てるような?」


「種ば撒いたら、芽が出る前にドカーンって爆発して全部芋になりそうな気がするばい……」


 そんなユルい会話を交わしていたところに、遠くから馬車の音が近づいてきた。


 カツカツカツカツ……。


 現れたのは王国の紋章を冠した立派な馬車。扉が開いて降り立ったのは、銀縁眼鏡をかけた真面目そうな青年だった。年の頃は二十代前半。やたらと背筋がまっすぐで、服の皺一つない几帳面さが見て取れる。


「初めまして、わたくしメルト・カーティス。王宮より派遣されました、監査官でございます」


「……誰?」


 リュウの口から思わず本音が漏れる。


「ノベルノアという新たな開拓地が既に街の規模を成しているとのことで、宰相ラグレス様の命により視察を……あ、それと本日、最も大事な件がございます」


「まだあるのかよ……」


「リュウ・チャガワ様には、王都にて“男爵叙爵式”にご参列いただきます」


「…………………………え?」


 今度こそ、本当に時が止まった。


「ノベルノアという“領地”を得た以上、リュウ様を平民のままにしておくことは、国として不自然との陛下のご判断でございます」


「ちょ、待って待って待って!? オレ、畑作ってたら街になっただけで、領主になろうなんて一言も……」


「どげんしたと。やっと異世界転移した主人公っぽくなってきたっちゃろ?」


 ルナがニヤリと笑いながら、リュウの背中をどんっと叩く。


「いやいや!今まで転移者らしくもない地味生活してたからこそ良かったのにっ!」


「諦めるたい。これはもう……運命たいね」


「運命で片付けるには重たすぎるよおおおぉ!」


 結局、その場の流れに押し切られる形で、リュウは「男爵リュウ・チャガワ」として王都に赴く羽目になるのだった……。


 ◆◆◆


 王都、謁見の間。


 荘厳な装飾が施されたその大広間に、リュウは場違いなほど地味な正装。ノベルノアで仕立ててもらった真っ黒なスーツ姿で立っていた。革靴はピカピカに磨かれ、首元には王国の紋章があしらわれたバッジが輝いている。


(なにこれ……めっちゃ緊張する……)


 緊急招集にもかかわらず、謁見の間には王国中の名だたる貴族たちが列席していた。宰相ラグレスの根回し力、恐るべし。


「リュウ・チャガワ、前へ」


 場内に響き渡る呼び声とともに、リュウは頭を垂れ、王の玉座へと歩を進めた。長い赤絨毯の感触が、妙に足の裏にリアルだ。


 玉座に座す国王は、年齢五十代半ばの堂々たる風格を備えた人物だった。髭を整えた穏やかな表情に、厳格な眼差しが宿っている。


「リュウ・チャガワよ。汝のこれまでの王国への文化的貢献、ならびに筆の家を基盤としたノベルノア街の建設を称え、王命により、ここに男爵の爵位を授ける」


 国王は立ち上がり、護衛官から受け取った剣を両手に構える。


 右肩、左肩へと剣が軽く触れ


「汝に、ノベルノアの統治を任せる。今後も王国の民と文化を導く者として尽力せよ」


「ははっ、王国と陛下、そしてノベルノアの人々のため、誠心誠意、努めさせていただきます」


 場内に割れんばかりの拍手が響いた。


「王国中にお触れを出せ! リュウ・チャガワ男爵、ここに叙爵す!」


 ◆◆◆


 叙爵式の直後、王宮内で小規模ながらも気品ある祝賀会が催された。


 だが、出された料理はすべて……


「この味噌汁……身体の芯から温まるな」


「なんだこの炊き込みご飯は!? 旨味が染み渡る……」


「この“冷や酒”とやら、キリッとして実に旨い!」


 筆の家謹製の食べ物と酒ばかりだった。


「さすが、チャガワ男爵……料理のセンスも只者ではないな」


「いや、わたし料理してないんだけど!?」


 リュウは、笑顔を張り付けたまま内心で叫んでいた。


 ◆◆◆


 翌日。


 筆の家王都支店、その店内にスタッフたちが集合していた。


 整然と並ぶフィナ、モモ姉妹、そして厨房亭スタッフのミランダをはじめとした元奴隷組、王宮メイド隊の三人娘、その表情はどこか期待に満ちていた。


「というわけで、改めて報告だ。ノベルノアの街を引き受けることになったから、俺はしばらく本拠地に常駐になる」


「え〜、さびしくなるなぁ〜!」


 モモが肩を落とすのを、フィナが横目でチラリと見る。


「なので、ここからは正式に任命します。筆の家・王都支店の店長に、フィナ!」


「えっ……! ほんとに……?」


「いつも支店を支えてくれてありがとう。もう立派に任せられるよ」


 フィナは嬉しさで目を潤ませながらも、深く頭を下げた。


「がんばります……筆の家の名に恥じないように!」


「そして、厨房亭の店長には……ミランダさん、あなたにお願いしたい」


「ようやく、私の出番だね。任されたよ、男爵様」


「“様”とかつけないでくださいよ……」


 そんなやりとりに、場の空気がほんのりと和んだ。


「さて、王都の筆の家はこれで任せた! みんな、よろしく!」


「「「はいっ!!」」」


 任命式は盛大な拍手のなか、温かく幕を閉じた。


 だが、それはノベルノアに新たな風が吹く前触れに過ぎなかった。

 

 

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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