第79話 走れ循環馬車!ノベルノア交通革命!
春の風が、森の香りを運んでくる。
筆の家本部ログハウスの周辺は、今や「畑の中にぽつんと建っている小屋」ではない。工場群に寮、街道らしき道……そして、どこからともなく立ち並びはじめた建築足場が、街としての“かたち”を刻み始めていた。
「うーん……。これだけ広くなると、歩いて移動すんのがしんどいなぁ……」
ログハウスの屋根に腰かけて、リュウは頬杖をつく。
眼下には、春の光を浴びながらせっせと働く職人たちの姿が見える。王都から派遣された彼らは、雪国での建築に慣れた熟練揃いで、仮設の足場が朝建ち、夕方には壁の一枚目が貼られているほど。
「ラグレスさんが選んでくれた職人たち、ホント優秀だなぁ……ありがたや……」
しかし、街が広がれば広がるほど、問題も出てくる。
たとえば移動距離。すでに作業員寮から工場までの徒歩時間が片道15分になっており、野菜を運ぶ人や精米後の米を王都支店に送る作業員も、ちょっとした山登り気分になってきた。
これはいかん。スローライフからまた遠ざかっている。
そこでリュウは考えた。
「馬車だ。街の中をぐるぐる回る、循環型の馬車を走らせよう!」
馬車といっても、装飾や贅沢さは要らない。大切なのは頑丈でたくさん人が乗れて、しかも揺れないことだ。
「じゃ、行くか」
リュウはログハウスの中に設けられた魔法の扉のひとつを開く。行き先は王都、王宮、レオの部屋。
「おじゃましまーす、レオ殿下ー……」
「リュウではないか! よく来てくれた! ちょうど、教育係の説教から逃げたかったのだ!」
「……まぁ、そういう理由ならいいや。ラグレスさんに話があるんだけど、取り次いでもらえる?」
「もちろんだ! ついてまいれ!」
教育係の「レオ殿下ぁぁぁぁ!」という絶叫を背中に受け流しながら、リュウは王国宰相ラグレスの執務室へ向かう。
「また君か、筆の家の主リュウ殿。今度は何を企んでいる?」
「企んでませんってば。あのー、街の移動手段に循環馬車を走らせたいんですが、王都の車両職人紹介してくれません?」
「馬車か……ノベルノア計画、ずいぶん進んでおるようだな。よかろう、手配しよう。ただし条件がある」
「なんでしょう?」
「新酒、また納品数を増やしてもらおうか」
「うわー、交渉上手ぅ!」
◆◆◆
そうして紹介された職人の工房で、リュウはさっそく試乗。
「……うん、やっぱりダメだこれ」
乗って五分でお尻が割れそうだった。座席の下に直接車軸がくっついている構造は、まるで木箱の中に座って転げ回ってるような感覚。
「この世界、サスペンションって概念が無いのか……?」
悩むリュウの脳裏に、日本での記憶がよみがえる。衝撃をやわらげる板バネの構造、リーフスプリングの姿。
リュウはそっとペンを取り出した。“執筆”の力を宿した、チートの象徴。
「えぇい! 思い切ってやっちゃえ!」
《如何なる悪路の路面であろうと、如何なる重量がかかろうと、緩やかに衝撃を吸収する板バネをサスペンションとしたキャビンが完成する》
淡く光る魔法文字が、紙の上に降り立つ。
そして……
ゴゴゴ……ギュン!
試乗中の馬車が“フワッ”と浮くような衝撃吸収性能を手に入れた!
「……っしゃあああ!! 神改造完了!!」
「な、なんだこの乗り心地……!? まるで王族用馬車のようじゃないか!」
目を丸くする職人たち。彼らはすぐに板バネの構造をメモしはじめ、その量産化へと動き出した。
◆◆◆
循環馬車導入に向けて、もうひとつの問題が浮上する。
それは「道」。道路整備だ。
「せっかく馬車がよくなっても、道がグチャグチャじゃ意味ないよなぁ」
ならば、街の通りをしっかり整地して、馬車と歩行者を分けよう。
「……ティアなら、街の構成図の中に道の計画も描いてるはず」
農業エリアを担当するリュウ、王都支店の監督はルナ、マジックスクロール量産はエルド。全員忙しい。
「つまり、俺がやるしかないじゃん!!」
リュウは叫ぶように天を仰いだ。
「くそぉぉ、誰か俺のスローライフ返してぇぇぇ!!」
けれどその叫びは、春の風に乗って、どこかへ気持ちよく流れていった……。
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