第77話 ノベルノア計画、発進!
春の兆しが空を滑る風に混じり、山の雪が静かに溶け始めていた。
筆の家・ログハウスを拠点とする、リュウ率いる生活拠点の周辺は、もはやかつての静寂とは無縁だった。香るは味噌と醤油、日本酒の熟成香に焼き芋の甘い煙。発酵食品工場、酒蔵、練り物工場、アクアポニックス付きの水耕栽培施設に精米工場と、ログハウスの周囲にはもはや立派な産業地帯が広がっている。
これほどの建物と人の流れがあって、街ができないわけがない。
こうして始動したのが、【ノベルノア計画】。
筆の家を中心に、新たな街を作り上げる壮大なプロジェクトだ。
雪解けを待たずして動き始めた王都からの職人たちの活躍で、街の輪郭が少しずつ形を成していく。工房、住宅、屋台街、商店、広場、畑……そのひとつひとつが、筆の家の手で築かれていく。
「ってことで、街の構成を考えようと思います!」
リュウの唐突な提案に、筆の家の面々はそれぞれの反応を返した。
「ほえ〜、またなんかおかしなこと言い出したばい……。どげんするつもりね?」
ルナは呆れ顔でリュウの隣に座り、ちゃぶ台をつついた。
「それがいい。むしろ遅かったくらいだ」
メガネを押し上げるティアは冷静に頷き、計画表をさっそく書き始める。
「ふむふむ、ではその中心には芋を神格化したモニュメントを……」
「却下ぁあああっ!!」
芋王マオの案は、ルナの鉄拳によって一瞬で沈黙に変わった。
そして。
「やはり、幼女像だ。全高三メートル、撫でると幸運を招く仕様で……ぐふっ!!」
エルドの妄言には、迷いなくルナのひじ鉄が炸裂した。彼が抱えていた図面は宙を舞い、春の風に流されていった。
リュウはと言えば、ちゃぶ台に肘をつきながら、いつもの飄々とした笑みを浮かべていた。
「俺はね、本と筆のモニュメントがいいと思うんだ。街の名前も、“ノベルノア”に決定ってことで!」
「わー、それはなんかロマンチックですね」
ティアが珍しく表情を緩めた。
「我は異議ありだが……芋像の第二案を考えておくとしよう」
マオはぷいと横を向きながらも、ちゃんと参加してくれる辺りが彼らしい。
◆◆◆
「マオ〜、職人さんたちへの芋の差し入れ、ちゃんとしてる?」
「ふふん、我に芋の件で抜かりなどあろうか!」
「それが魔王のセリフか……いや、芋王だったか」
リュウは茶をすすりながら、どこか嬉しそうに空を見上げた。冬が過ぎ、長い春がやってくるこの世界、彼にとって初めての季節の変わり目だ。
「おでんに熱燗、団子に、芋とおにぎり……この冬も乗り切れたな。さて、春はなに売ろうか」
「またなんか企んどるやろ?リュウ」
ルナのジト目が光る。
「いやいや、あったかくなるからね。冷たいスイーツとか、どうかなって。かき氷とか……」
「氷の上にシロップかける?、頭のネジは大丈夫かと?」
「これが大ヒットするんだって。たぶん」
「ま、うちがやればなんでも売れるけん!」
ルナはニカッと笑って、ぐいっと肩を伸ばす。
春。
それは始まりの季節。筆の家と仲間たちは、今日も明るくにぎやかに、異世界をちょっとずつ日本に染め上げていくのだった。
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