第72話 雪像の呪い(?)と混乱と
雪像造り開始から五日目。
各陣営の雪像制作もいよいよ佳境に入っていた。
「見よ、この神々しきフォルム……!」
中央ではマオが手を広げ、完成目前の“芋神像”を見上げていた。高さはすでに7メートルを越え、表面には炙ったような模様まで刻まれている。
「もうね、それただの焼き芋じゃなくて、もはや建造物だからね……」
リュウが味噌汁をすすりながら呆れ顔で呟く。
「いや、なんかもう“芋の神殿”たい」
その隣で、湯たんぽ片手のルナも苦笑いしていた。
一方、エルド陣営では異様な緊張感が漂っていた。
「鼻が! 鼻の角度が2ミリずれているううううう!!」
雪像ティアの“鼻パーツ”を必死に作り直すエルド。その手元は完全に震えていた。
「リュウくん……これは神の試練だと思うんだ……! 芸術とは、痛みと狂気の果てにこそ完成する……!」
「うん、それもうただの病だよね?」
「でもよ、あいつ、マジですげぇよな……見てみなって。目が雪でできてるとは思えない完成度だぞ……」
確かにそこには、雪とは思えない、魂を込めた少女の姿があった。
それは本物のティアを見たことがある者なら、誰もが「似ている」と驚くほど。
そして、そのティア本人はというと
「……エルドさん、いっそ魔導具で脳を冷やした方がいいんじゃ……?」
雪像の前で小さく首をかしげていた。
そして運命の夜。
吹雪が突然王都を襲ったのは、制作7日目の夜。
白銀の嵐が全てを包み、広場は真っ白な混沌へと化していた。
翌朝。
「き、消えた……!?」
リュウたちが見たのは、倒壊した芋神像の残骸、そして、鼻を失ったティア雪像だった。
「まさか……呪い……?」
「違うばい、ただの自然災害たい!」
「……ど、どうしよう……あのティアさん雪像は、魂を込めた奇跡の結晶だったのに……っ!」
「まだ三日あるだろ! 巻き返せ、エルド! 氷魔法で固めろ! 水属性スキルは伊達じゃないだろ!」
「芋神像もだ! 我が信仰は、こんなところで終わらぬ!」
それぞれが雪と奮闘するなか、リュウはまたしても、見学者のはずなのに、手にシャベルを握らされていた。
「スローライフぅぅぅぅぅぅ……」
「いいから! 手伝わんか、あんたも雪の民ばい!」
◆◆◆
雪まつり当日。
王都広場は、まるで幻想の都のように、白銀の光をまとっていた。
各陣営の雪像も、吹雪を乗り越えて見事に復活。
その壮観な風景を見に、王都中の人々が押しかけ、広場はまさに雪のカーニバル状態となっていた。
「おぉぉ、我が芋神像……!」
中央には、再建された“雪芋神殿”。
その上ではマオが、特製の焼き芋を配っていた。
「……なんで神像から芋が出てきてるの?」
「神の恵みたい」
「誰だよこんな構造にしたの!」
そして、その隣。
一際目を引く美しさで佇む少女の雪像。柔らかな髪の流れ、透き通る微笑み。
「うわ……あれ、もはや芸術じゃん」
「幼女やけど、なんか神々しさあるばい……」
エルドはその足元にしゃがみ、微笑んでいた。
「……ありがとう、ティアさん……この姿、きっと世界中の雪像に革命を起こす」
「やめてください、世界中に通報されます」
と、肝心のティア本人は、ホットミルク片手にボソッと呟いた。
そして、筆の家はというと
「味噌汁いっちょー!」
「おにぎり三つくださーい!」
雪像は出していないが、筆の家の「甘酒&おにぎり&味噌汁屋台」は終始行列が絶えなかった。
リュウは手ぬぐい巻いて湯気まみれ、ルナは焼きおにぎりを炭火で焼いていた。
「……なんかさ、結局こういうのが一番王都に馴染んでるよな」
「スローライフとは言えんばってん、悪くはないばい」
「だろ?」
そして午後。
特設ステージでは優勝雪像の発表が、と思いきや、場内がざわめき始める。
「なにあれ……ちっちゃな雪像?」
そこにあったのは、市井の少年少女が手を取り合って作った、たった1メートルの“小さな雪ライオン”。
雑だけど、どこか愛らしくて、笑っているようにも見える。
「優勝は……これ?」
王国主催者の一人がぽつりと言った。
「そうだね。完璧じゃないけど、あったかい気持ちになる。それが雪まつりの本質だ」
こうして、第一〇五回ルミアステラ王国雪まつり、栄えある優勝は“ちびっこチーム”の手によって刻まれることとなった。
その夜。
屋台の片付けを終えた筆の家の面々は、湯けむりと共に談笑していた。
「エルド、雪像どうすんの?」
「寮の冷凍庫に移して、年中拝みます」
「通報案件たい」
「我が芋神像はどうなる?」
「そろそろ溶け始めてるけどな……」
リュウはストーブ前に腰を下ろし、空を見上げた。
「雪って、ただの水が姿変えただけなんだけど……不思議だよな」
「なんが言いたいと?」
「変わることも、悪くないって話さ。俺も、スローライフって言いながら、なんだかんだ楽しいしな」
「……変わったばい、リュウも」
「うるさいよ、湯たんぽ猫」
「誰が猫たい!」
笑い声が、雪の夜に溶けていく。
こうして筆の家は、またひとつ季節を越えて、絆と笑顔を積み重ねていくのだった。
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