第71話 スローライフ?いや、雪まみれだよ!
ルミアステラ王国の冬。
王都の石畳もすっかり雪に覆われ、吐く息が白くなる季節。そんなある日、筆の家に一枚の布告書が届いた。
「なんだこれ……?」
リュウがのそのそと封を開けると、そこには煌々とした金文字が踊っていた。
『王国主催・第一〇五回 ルミアステラ雪まつり』
君の雪像で、王都を照らせ!
「……うん、読まなきゃよかった」
「なんば? 雪まつりたい?」
ルナがホカホカの湯たんぽを抱えながら現れる。
猫獣人である彼女にとって、冬は大敵中の大敵。
「参加者は王都広場で雪像を自由に作って、展示するだけのまつり……だそうだ。場所は抽選、完成までの猶予は十日間。途中で崩れたら失格だってさ」
「……はあ!? そんな寒かこと、誰がやると?」
「俺はやらん! スローライフだもん! ハンモックに揺られるのが正義だもん!」
と、そこに颯爽と現れたのは、銀髪をなびかせたエルド・マクシミリアン!
「……筆の家、代表として! この私が雪まつりに参加しよう!」
「はぁ!?」
「テーマは“幼女ティアさんの純真無垢なる微笑み”で行きます!」
「絶対やめとけ変態」
「見ていてください、リュウくん。私はこの雪に、芸術と変態の境界線を刻んでみせる!」
「いや変態認めとるやん!」
さらに、その後ろから巨大なマントを翻してやってきたのは、かの元魔王にして現在は芋王、マオ。
「我も参加するぞ。我が信仰を込めた“芋の神像”を雪で具現するのだ!」
「おまえら……何がどうしてそうなるの!?」
「焼き芋も冷たい芋も良いが、雪の芋もまた良き!」
「意味わからん!」
かくして
・エルド:筆の家代表として“ティア雪像”を全力制作
・マオ:宗教じみた“巨大芋雪像”を制作
・リュウ&ルナ:完全見学モード(予定)
まつりの舞台、王都広場では、雪がしんしんと積もり始めていた。
「リュウ、あんた……本気で参加せんとね?」
「見学見学。俺はハンモックから一歩も動かん……」
だが彼はまだ知らない。
この“雪まつり”が、どれほどまでに王都を巻き込み、そして自分のスローライフをまたひとつ遠ざけていくことになるかを……。
◆◆◆
朝焼けに染まる王都広場。
薄く積もった雪の上に、続々と人々が集まってくる。皆、それぞれの“夢”を形にするために。
「場所抽選はこっちたい」
ルナが湯たんぽ抱えたまま、抽選札をひとつ引いてリュウに見せる。
「……あ、これエルドの場所じゃん。端っこの角地だけど日当たり良さそう」
「我のはここだ!」
マオはというと、王都広場の中央、ド真ん中を引き当てていた。
「運だけは良いんだよなぁ……」
「我は選ばれし芋王だからな」
「そんな称号に自信持たないで!」
そして、雪像造り開始。
リュウとルナはストーブ前で湯気を浴びながら、のんびりと雪像づくりを観察していた、のだが。
「ふぅ……見ろ、リュウ君! この愛の削り出しを!」
「見たくないっ!」
エルドの制作する“ティア雪像”、その進捗は異常だった。
表情の精密さ、髪の毛一本一本の造形、袖のフリルに至るまで、雪とは思えないレベルでの緻密さ。
「……ねぇ、あれって……手作業?」
「いや、魔導彫刻具だよ。本人の動きがアレだから誰も近寄れないだけで、技術力だけは本物だよ……」
「それにしても……ひとりであんな細部にこだわって、真冬の雪の中で、幼女像を……」
「犯罪の気配するばい……」
一方のマオ陣営。
彼は豪快だった。ひたすら雪を集め、圧縮し、踏み固め、高く積み上げていた。
「我が信仰、全高六メートルの芋神像に捧ぐ!」
「それただの……巨大な芋の塊じゃ……?」
「焼き目まで再現したのがミソだ!」
「どこの信仰対象だよ!!」
その頃、他の参加者も個性を爆発させていた。
・王立魔術学院生による“魔法陣風の幾何学雪像”
・地元のパン職人チームによる“雪のバゲット”
・モモ&フィナ姉妹が頑張って作った“ネコ耳雪だるま”
そんな中、リュウはストーブの前から微動だにせず、ササニシキのおにぎりを片手に呟く。
「俺……この雪まつりに、なんか参加してるようでしてない感じ……めっちゃ理想のスローライフじゃん……」
「それで終わるあんたやなかばい。どうせ、なんか巻き込まれるとよ」
その予言めいたルナのひと言が、実はこの後の“大事件”の幕開けとなるとは
この時のリュウには、まだ知る由もなかった。
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