第70話 異世界エビマヨ、王都を食らう!
「エビマヨ……それはまさに、舌に弾ける小さな祝祭!」
筆の家厨房亭にて、常連冒険者で詩人気取りの青年が、目を閉じてうっとりと詠じていた。
その背後では、店の入口から行列が路地の角を曲がり、まさかの王都中央通りまで伸びていた。
「エビマヨって……そんなに美味いのか?」
「聞いた話じゃ、エビを揚げてから甘酸っぱいソースを絡めてるらしい」
「それ、子どもも絶対好きなやつじゃん!」
評判は瞬く間に王都全体に広がり、筆の家王都支店にも客が殺到するように。
販売された「エビマヨ弁当」は、開店から30分で完売。
フィナとモモのコンビが悲鳴をあげながらチップを数えていた。
「リュウさーん! 補充早めにお願いしまーすッ!!」
「これって……またスローライフじゃないやつだよね……」
厨房の裏でリュウが嘆いていると、ミランダがドンと木箱を運んできた。
「いい加減、観念しな。売れるんだから作る。これ、料理屋の掟よ」
「ぅぅ……マヨに勝てない……」
そして、王宮。
ある日、リュウとマオが王子レオの部屋を訪れた際、こっそり差し入れた「エビマヨ弁当」。
レオがひと口食べた瞬間、彼の目に閃光が走った。
「……これだ! これを食べて生きていく! 筆の家は……我が第二の家!」
「おい待て、王子、それは重い!」
「今日から我が家の夕食はすべてエビマヨで統一する!」
その日のうちに、王宮の料理長へ“王命”が下された。
『筆の家のマヨソースを学び、王宮での再現を試みよ。
なお失敗した場合はエビマヨ職人・リュウを王宮に招致するものとする』
「招致って、俺のスローライフを王家が奪いに来てるじゃねえか!」
数日後、内大臣ラグレスからも通達が届いた。
「リュウ殿。今後“マヨネーズ”は国の戦略調味料として扱う。配合レシピは、王立食糧技術保存庫に記録することとする」
「なんだよその真面目な扱いはぁぁぁぁ!」
こうして、“筆の家発のエビマヨ”は、王都を、王宮を、そして王国の味覚までも征服していった。
リュウは空を仰いだ。
「……エビマヨって、こんなに重いのか……」
「じゃあ次は、なにエビたいね」
「勘弁してくれぇぇぇぇぇぇ!!」
◆◆◆
筆の家王都支店、朝。
「モモ〜! またエビマヨ弁当が売り切れたばい!」
「フィナ姉、補充っ、補充っ! お客さんの目がコワいっ!」
王都中を巻き込んだ“エビマヨ旋風”は、日々とどまることを知らず、筆の家王都支店では開店と同時に弁当が飛ぶように売れ、厨房亭では「エビマヨ定食」が看板メニューとして君臨していた。
それはもはや、王都の“ソウルフード”と呼ばれるまでに成長していた。
リュウはといえば、発酵食品工場の奥、静かな試作室でハンモックに沈んでいた。
「……マヨってすごいなぁ……。何がすごいって、俺のスローライフが完全に調味されて消えたことが一番すごいよ……」
「さすがは“筆の家の怪物”、リュウ様ですな」
現れたのは、いつの間にか定例訪問となっていた内大臣ラグレス。
今日も変装なしで当然のように厨房亭に寄って、当然のように弁当を3つテイクアウトしていた。
「で、本題は?」
「王都に新たな“味覚研究施設”を建てる話が出ておりましてな……その顧問として、ぜひリュウ殿に」
「スローライフどこぉぉぉぉぉお!!」
その夜。
厨房亭では冬季限定メニュー「熱燗とエビマヨセット」が登場し、大人たちの心も胃袋もがっちり掴んでいた。
芋王マオは芋酒を片手に「我の芋に合う!最強の嫁、マヨネーズ!」と叫び、ティアは甘酒片手に「甘酒×エビマヨ、意外とアリ……」と呟き、エルドは「エビとマヨと女の子、全部好き!」と謎の三位一体理論を語っていた。
リュウはひとり、静かに味噌汁を啜りながら、呟いた。
「まぁ……みんな楽しそうだし、いっか……。スローライフって、ひとりじゃなくてもできるもんな」
ふと、厨房の奥から、ミランダの声が飛んでくる。
「リュウ、次のメニュー、エビフライでいいかい?」
「もうエビから離れさせてくれええええ!!」
こうして、異世界における“エビマヨ革命”は、筆の家の新たな伝説として、王都中に刻まれることとなった。
そしてその頃、遠く離れたどこかの国では、“次なる食の異変”が、静かに胎動を始めていた。
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