第69話 スローライフ追求の果てに、海老が跳ねた
冬の午後、雪降る中。
筆の家ログハウスのハンモックに包まれたリュウは、今日も変わらずだらけていた。
頭の上ではルナが干した洗濯物を取り込み、遠くでマオが雪芋を掘り出し、エルドが葉っぱに話しかけていた(通常運転)。
「……もっと、こう……放置して育つシステムとか、ないかなあ……」
目指すは、動かずとも得られる収穫。努力せずとも育つ収益。
スローライフのその先、“スリープライフ”の夢を見ていた。
そんな時、脳裏をよぎったのはかつて読んだ日本の農業記事。
「……アクアポニックス……」
エルドとティアを呼び出し、紙とペンで即興の構造図を描き上げる。
「野菜のプランターの下に、水槽を設置して……そこでエビを飼う。で、そのエビのフンが溶液代わりになって野菜を育てて、綺麗になった水がエビに戻る。エビ育つ、野菜も育つ、俺は何もしない――最強だなコレ」
ティアが眼鏡をキラリと光らせた。
「栄養バランスの計算、しておきますね。あと成長促進のための魔力循環も組み込みます」
「エビちゃん……プリプリ……これは文化の発展である……!」
なぜかエルドの頬が赤らんでいたが、深くは聞かない。
◆◆◆
数日後。ログハウス西側に、執筆の力で完成したのは、水耕栽培用工場改め、
【アクアポニックス式複合施設】
・上層:レタス・トマト・バジルなどのプランター
・下層:エビの泳ぐ透明水槽(めっちゃ跳ねてる)
・ポンプ、照明、水温調整、全自動
・命名:アクア菜園α(アルファ)
「なんか……未来感あるな……」
ルナがぽかんと眺めながらも、エビの動きに目を奪われていた。
「うわっ、リュウ! このエビ、跳ねよる! すごかっ!」
「はっはっは、これが文明の力……いや、俺のチートか」
リュウは自信満々に胸を張った。
「これで……ほっといても野菜が育つ、エビも育つ、しかも旨い……!」
だがこの時、彼はまだ知らなかった。
この小さなエビたちが、やがて王都を揺るがす“エビマヨ旋風”の火種になることを。
◆◆◆
朝。
ログハウス西側の“アクア菜園α”は、今日もポンプが静かに水を循環させ、上層のプランターではレタスやトマトが青々と葉を広げ、下層の水槽ではぷりぷりとしたエビたちが、元気よく跳ねていた。
「うおっ、エビ! こっちくんな、顔に跳ねた!」
「リュウ、あんたが水槽開けっ放しやけんたい!」
ルナが呆れ顔でタオルを差し出す。
「いや、見てこれ。すごい元気よ? こいつらもはや食われたがってるよね?」
「そんなことあるかい!」
そこへティアがノートを抱えて登場。すでにメモ魔と化していた。
「水質は安定、エビの生育速度も良好。そろそろ……初の試験的収穫、可能です」
「やったーっ!」
リュウは飛び上がった。
そしてすぐさま厨房亭に直行。
調理台の前ではミランダが包丁を磨いていた。
「……さて、今日は何を持ち込んだの? 今度は空飛ぶイカとかじゃないだろうね?」
「違いますって! 今日の主役は、エビだ!」
どん! と木箱を置く。中にはキラッキラのエビがずらり。
「ぷりっぷりやんか……ええな……焼く? 揚げる? 塩茹で?」
「いやいや、今日の俺は違うんだ。新しい異世界定番を作りたい……そう、マヨネーズで!」
ミランダの手が止まる。
「……マヨネーズ……?」
「そう! 卵黄・油・塩・ビネガーの黄金比で作る、あの禁断の旨味爆弾をだな!」
厨房内は静まり返っていた。
が、ミランダの口角がにやりと上がった瞬間、全てが動き出した。
「じゃあ……やるか、伝説の味を作ろうやないか!」
数時間後
完成したのは、黄金色に輝く特製マヨネーズと、それをたっぷりまとったぷりぷりのエビたち。
サクッと揚げられたエビに、甘酸っぱい特製ソースをたっぷり絡めた「エビマヨ」。
添えられたのは新鮮なレタスの千切りと、香ばしい味噌スープ。
もちろん、主食はササニシキのおにぎり。
ルナが一口運ぶ。
「……な、なにこれ、甘酸っぱうまッ! なにこのタレ!?」
「それがマヨネーズの魔力だよ、ルナ……」
「……なんか……悔しかばってん……うち、これ……好きやけん!」
厨房亭に訪れた常連客たちにも試食を提供。
エビマヨのひと口で目を見開き、次の瞬間には頬をトロけさせる客が続出した。
「これが……エビマヨ……ッ! なんてジャンキーで神々しい!」
「これは革命だあああああ!!」
こうして、筆の家発「異世界エビマヨ」プロジェクトは、確かな一歩を踏み出したのであった。
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