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第68話 収穫とサラダと、緑の奇跡

 それは、ある晴れた冬の朝。


 ガラスの水耕工場は、外の雪景色とは裏腹に、まるで春の温室のように光に包まれていた。

 リュウは手にカゴを持ち、育成棚の前に立つ。


「……よし、ついにこの日が来たぞ。初収穫だッ!」


 棚に並ぶのは、見事に葉を広げたレタスたち。

ふわりとした若草色の葉は、まさに“食べ頃”と呼ぶにふさわしい瑞々しさを放っていた。


「なにこの輝き……まさか、レタスに見惚れる日が来るとは……」


「リュウ、働いとるっちゃね……あんたが収穫とは、天変地異の前触れかと思ったばい」


 ルナが驚きの声を上げながら、収穫用のトレイを抱えて近づいてくる。


「これは俺の夢……スローライフのための労働だからいいの! 収穫くらいやらせて!」


「その割に、顔がやけにニヤけとるばい」


 ティアは育成棚を見て目を細めると、にこりと笑った。


「リュウさん、実験区画のトマトとイチゴ、マジックスクロールの成長促進効果で早期収穫できそうです」


「マジで!? ティア最高!」


「私は天才ですから。あとで枝豆ください」


「イチゴでいいんじゃねえのか!?」


 数時間後、厨房亭の厨房ではミランダが腕を振るっていた。


「よし、今日の特別メニューはこれだよ!」


・レタスと温玉の彩りサラダ

・早採れトマトの味噌マリネ

・イチゴとハチミツのデザート

・味噌スープと塩むすびセット


 厨房に充満するのは、新鮮な野菜とフルーツの香りと出汁の優しい湯気。


「おっ……これは見た目も鮮やかっちゃね!」


「サラダに生のレタスが入ってるなんて、今の季節じゃ信じられんばい」


 厨房亭の客席は、昼時を迎えるとすでに満席。

 サラダを食べた客のひとりが驚きの声を上げた。


「なんだこれ!? シャキシャキで甘い! 冬なのに、まるで初夏の味じゃないか!」


「イチゴも香りが濃くて……すげぇ……春が口の中に咲いたぞ……!」


 一皿、また一皿と料理が出されるたび、厨房亭には歓喜の声と笑顔があふれた。


 リュウはカウンターの奥で、こっそり様子を見ながらそっとつぶやいた。


「……やっぱ、緑の力ってすごいな……人を元気にするんだな」


「やっぱりリュウはすごかとよ。うち、また惚れ直しそうやもん……ちょびっとだけ」


「それ、ほとんど惚れてないよね!? ねぇ!?」


 厨房亭に響く笑い声と湯気とサラダの香り。


 かくして、筆の家の“冬の緑革命”は、また一つ新たな常識を生み出した。


 ◆◆◆

 

 厨房亭に設置された“冬のサラダフェア”は、わずか三日で街中の話題になった。


「レタスが冬に? 嘘だろう!」

「イチゴの香りが濃い……春先のより美味いぞ!」

「筆の家、どこまで常識を壊してくるんだよ……!」


 そんな反応の嵐の中、王宮から一本の正式な通達が筆の家に届いた。


《ルミアステラ王室より依頼:

冬季食料供給計画における参考見本として、筆の家水耕栽培工場を視察したい。

王室学術局および農業監査局の合同調査による正式訪問とする》


 リュウは通知を読みながら、ハンモックで顔を覆っていた。


「うわぁぁぁ……また面倒くさいやつ……スローライフが逃げていく音が聞こえる……!」


「王様直々やけん、ちゃんとせんといかんばい?」


「……このセリフ、何回聞いたか分かんねえ」


 その数日後、水耕栽培工場において王室視察団による見学会が行われた。

 ティアが丁寧に光源の調整や栄養溶液の仕組みを解説し、実演でイチゴの収穫を見せると、視察団の目が輝いた。


「これは……革命です。これが普及すれば、ルミアステラの冬の食糧難は過去のものになる!」


「筆の家……恐るべし」


 こうして“水耕栽培モデル”は王都内の複数の農家に導入が決定。

 ティアの協力で簡易モデルが作られ、筆の家はその技術指導を一部請け負う形になった。


 もちろん、その頃にはリュウの姿はもう見えなかった。



「はぁ……スローライフは……どこ……」


 雪景色の中、ハンモックに沈み込みながら空を見上げるリュウ。


 だが、その目の前に現れたのは、真っ白な作業服に身を包んだ元魔王・マオだった。


「リュウ、我も“水耕芋”に挑戦してみたい」


「うわ、そっちまで農業始めちゃった!? 芋王、意識高い!」


「我は真剣であるぞ。なにせ冬でも芋を収穫できたなら、焼き芋王国の夢が叶う!」


「なにそれちょっと面白そうじゃん!」


 ティアがそっとノートを持って現れた。


「ちなみに芋の水耕栽培には課題が多くて……わくわくしますね」


「やめて、研究者たちの目が輝いてるのが一番恐いから!」


 こうして、冬を迎えた筆の家は“冬野菜の革命”から“冬の芋研究”へと、また新たな一歩を踏み出すのであった。


 どれだけ季節が厳しくとも、

 どれだけ雪が深くても、

 筆と魔法と少しの変態(※エルド)さえあれば


 世界は、いつだって面白くなる。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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