第67話 雪に閉ざされし農地と、リュウのひらめき
ルミアステラの大地は、一面の銀世界だった。
まるで空から綿をちぎってばら撒いたかのように、すべてが白く、静かで、冷たい。
筆の家本部、ログハウスの前。
リュウはハンモックから足だけ出して、身をもごもごと毛布にくるめていた。
「……動きたくねぇ……もう寝たまま生活できる装置を執筆してぇ……」
その横ではルナが鼻までマフラーに埋もれて座り込んでいる。
「畑、見てきたばってん……全部、真っ白たい。うち、冬眠してもよか?」
「それ、俺も賛成……てか、農業どうすんだコレ……」
発酵食品工場、練り物工場、酒蔵はフル稼働。
作業員寮も満員御礼で、スタッフたちは朝から晩まで大忙し。
だが、冬の到来とともに“新鮮な野菜”の供給は完全にストップしてしまっていた。
「ティア、冬の間って、本当に何も育たないの?」
「露地栽培は不可能ですね。積雪、低気温、日照不足……死の三拍子揃ってます」
「死ぬなぁ……俺のスローライフ……」
そんな中、リュウの脳内に一筋の光が差した。
「……いや、まてよ。日本にはあったじゃないか……冬でも野菜作れる方法が!」
「なに? 温泉野菜?」
「違う違う、アレだよ! 水耕栽培だ!!」
ティアが瞬時に反応する。
「水耕栽培? ああ、栄養溶液で植物を育てる、あれですね。温度管理と照明設備が必要ですが、理論上はどの季節でも育成可能です」
「そーそー、それ! 屋内で光と水と栄養だけで育てるやつ! 執筆で栄養溶液を生成できればいけるんじゃね!?」
「おぉ、やる気出てきたっちゃね、リュウ!」
「今こそ! 異世界冬のビタミン危機を救う時ッ!」
リュウはさっそく筆を取り、さらさらと書き始める。
《水耕栽培用工場の屋内に、温度は一定に保たれ、天井には太陽の代わりとなる光源。床には循環式の給水システム。育成棚が並び、栄養溶液が常に満たされ、緑が茂っている》
「おらぁぁぁぁッ!!」
ズドォォォォン!
瞬間、ログハウスの西側に、まるで研究所のような真新しいガラス張りの工場が姿を現した。
中には近未来のような育成棚がずらり。そこに並ぶのは……まだ空の栽培槽。
「次は種と栄養液だな……野菜は……レタス、トマト、あと……イチゴだな」
「おおっ、イチゴっ!? それは絶対作ってー!」
「さすが乙女ティア」
「乙女言うな。実年齢は二百歳超えてます」
「そこは乙女要素じゃねえだろ!!」
こうして始まった、筆の家“冬の緑作戦”。
農地が眠る季節に、屋内で命を育てるという新たな試み。
果たしてリュウの挑戦は、この世界の食卓をどこまで変えるのか!
◆◆◆
「さて……水耕栽培工場、本格稼働といこうか!」
ログハウス西側、光るガラス張りの建物。その内部には、まるで近未来の温室のように整然と並ぶ栽培棚。
その光景に、ルナはぽかんと口を開けていた。
「うわぁ……リュウ、なんこれ……光る壁ばい? あったかいし……すごか……」
「うむ、我も見たことがない空間であるな」
芋片手に現れたのは、すっかりこの家の一員になった芋王ことマオだった。
「ふっふっふ。これは未来の農業だよ! “太陽光LEDライト”で日照を再現、“栄養溶液”で土いらず、“温度管理”で四季に勝つ!」
「もう何言っとるか分からんけど、すごそうやね」
ティアは興味津々で育成槽をのぞき込んだ。
「レタス用に濃度調整済みの溶液ですね。水温も安定、光量も……文句なし。やるじゃないですか、リュウさん」
「へっ、執筆パワーをなめんなよ!」
次にリュウが取り出したのは、精選された種子パック。
「さぁ、いよいよ種まきだ。まずはレタス!」
水の上に浮かべたスポンジに、小さな粒を一粒ずつ丁寧に乗せていく。
ルナとティアも手伝い、栽培槽はあっという間に小さな生命の始まりで埋め尽くされた。
「このまま順調にいけば……1〜2ヶ月で収穫か」
「その間にトマトとイチゴの発芽も準備せんとね!」
◆◆◆
日が経つにつれ、工場の中は徐々に色づいていく。
最初に芽吹いたのはレタスだった。
小さな双葉がぴょこっと顔を出し、日に日に緑が濃くなっていく。
「見てよこれ! めっちゃ可愛い葉っぱ! あと2週間もすればサラダいける!」
ルナが思わず頬をゆるめる。
ティアは葉の状態を見て、成長データを記録中。
エルドは、なぜか横でトマトの苗に話しかけていた。
「君は……いい子だね……ぜひ女の子になってほしいな……」
「なんで性別あんの!? てかトマトに萌えないで!!」
こうして、筆の家の冬の風景がまた一つ変わっていく。
外では雪がしんしんと降り積もる中、ガラスの工場の中だけは春のような緑と温もりに包まれていた。
リュウは、工場の一角に設けたベンチに腰掛けてぽつりとつぶやく。
「……なんかさ。こういうの、いいよな。冬でも、ちゃんと育ってくれるってさ……」
その言葉に、誰もが静かにうなずいた。
これは、命を育むための新たな一歩。
そして、リュウの“スローライフのための努力”は、また一つ成果を実らせようとしていた。
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