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第66話 酒粕、捨てるどころか金になる!?

 王都ルミアステラ。

 筆の家王都支店の前には、朝から長蛇の列ができていた。


「甘酒、今日もあるって聞いたぞ!」


「昨日の分、家族に飲まれたから買い直しに来たんだよ!」


「筆の家って、ほんと何屋なんだ……」


 支店でせっせと客を捌くモモとフィナは、もはや小さな看板娘として大活躍中だった。


「甘酒セット三つ、あと酒粕一樽!」


「フィナちゃん、後ろの棚から追加お願い!」


「モモ、うち今や伝説の飲み物扱いされとるばい……!」


 店頭で振る舞われる試飲カップ。

 そこから立ち上るやさしい湯気。

 白く濁った甘酒の液体が、冬の冷え切った身体と心を溶かしていく。


「……はぁ〜、芯まであったかくなるなあ」


「なんか……飲むとホッとするんだよね」


「しかも、甘い。子どもにも飲ませやすいな、これ」


 口コミは瞬く間に広まり、ついにはこんな言葉が飛び交いはじめる。


「これ、風邪予防にもいいらしいよ!」


「肌も潤うって、奥さんが言ってた!」


「“飲む美容液”だって!」


 ……そこに乗っかったのが、王宮。


「陛下。これが、例の“筆の家製 甘酒”でございます」


 ラグレス内大臣が自ら湯気の立つ杯を運び、王の前にそっと差し出した。


「……ふむ、飲んでみよ」


 一口。


「……ぬくいな……うむ、胃の腑がじわりと温まる。甘味もくどくない。……良い。これは良いぞ」


「かようなものであれば、貴族への贈答にも使えるかと」


「うむ、まさしく“冬の礼の品”として最適だな」


 こうして、王宮および貴族領への甘酒納品が本格的に始まる。


 その夜、ログハウス。


 薪ストーブの前で、リュウはマグカップに甘酒を注ぎながらぼやいた。


「……甘酒ってさ、もとは廃棄物なんだよな……」


 ルナが毛布にくるまりながら小さくうなずく。


「それがいまじゃ、王様のお気に入りたい」


 ティアも本を閉じながら一言。


「文化とは、偶然と熱意から生まれるものですから」


 エルドが謎の箱を抱えて入ってくる。


「リュウく〜ん、見て見てっ、甘酒とおでんで作ったスイーツ試作品だよっ!」


「やめろォォォ!! もうスローライフの隙間もないんだよォォォ!!」


 こうして筆の家の冬は、酒粕から生まれた“甘酒革命”によって、またひとつ文化を築いた。


 ◆◆◆

 

 厨房亭の朝。

 開店準備中にもかかわらず、外から人々のざわめきが聞こえてくる。


「今日の分、もう並んでますね……」


 ティアがカーテンの隙間からそっと外を覗いた。


「甘酒効果、すさまじいな……」


 リュウは湯気の立ち上る鍋をかき混ぜながら、満足気に言った。

 酒粕から生まれた副産物の一杯が、今や王都を席巻するまでになっていた。


「よし、今日も“朝ぽかセット”出していくぞ! おにぎりと甘酒の黄金タッグで!」


「……なんかおにぎりが主食みたいな扱いになっとるばい……」

 ルナは、白く湯気の立つマグを手にしながらぼやいたが、その頬はほんのり赤い。


「うち……これがないと朝が始まらんようになってきたっちゃんね……」


 厨房亭の一角では、“甘酒スタンド”が正式オープンしていた。


 小洒落た屋台風のカウンターに、木製の看板。

【ぽかぽか一杯、心まであったまる。甘酒、あります】


 カップ片手に歩く貴族。

 騎士学校の生徒たち。

 そして、王宮の使者たちまでもが日常的に飲むようになっていた。


「それにしても、まさか酒粕がこんなに売れるとはね」

 ミランダが肩を揉みながら笑う。


「当初は保管に困ってたのに……いまじゃ追加生産かけてるもんね」


「余ったら粕漬けにする予定だったのになぁ……」


 リュウがボヤく隣で、フィナとモモが次の注文の甘酒を笑顔で手渡していた。


「はい、こちら二つ〜! あっついから気をつけてね!」


「砂糖控えめの方はこっちばい!」


 そして、夜。


 ログハウスのリビングでは、ストーブを囲んで皆が湯気立つカップを手にしていた。


「……これでまた冬を越せるね」


「うむ、これがあるならば、焼き芋と甘酒で生きていける!」


「おまえはそればっかりか」


「でも、ほんと、冬ってこんなにあったかいものだったんやねぇ……」


 ルナが湯気に包まれた笑顔でつぶやく。


 ティアがやさしくうなずいた。


「文化ですね。リュウさんの発明が、またひとつ、この世界を豊かにしました」


 エルドが突然カップを掲げる。


「じゃあ、みんなで乾杯しよう! 甘酒に!」


「スローライフに!」


「家族に!」


「そして焼き芋に!」


「最後だけズレてんだよ!」


 笑い声とともに、カップが軽くぶつかる音が部屋に響いた。


 そしてその夜。

 筆の家の屋根に、やさしい雪が静かに降り始めた。


 甘くて、あたたかくて、幸せな冬が、またひとつ深まっていく。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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