第65話 酒粕、捨てるなんてありえない!
リュウは、ログハウス裏の酒蔵で、頭を抱えていた。
その視線の先には、ドドーンと山積みにされた“白くて柔らかそうな塊”の群れが鎮座している。
「うわぁぁぁぁ……で、出すぎだろコレ……」
「うむ、まるで芋の精霊でも湧いたようだな」
となりで感想を述べているのは芋王ことマオ。だが、これは芋ではない。れっきとした酒粕である。
「リュウ、これ、捨てるしかなかと?」
ルナがあきれ顔で尋ねる。耳がピコピコ動いている。
リュウは深いため息をつきながら、額を押さえた。
「……いや、捨てたくない。いや捨てられん。これには……可能性がある」
「おっ、なになに? またなんか思いついた系?」
ミランダが腕を組みながら酒粕の山に目を細める。
リュウはバッと立ち上がった。
「これは……! まごうことなき、冬の救世主! 甘くてあったかい、子供から大人まで楽しめる最強の飲み物……その名も“甘酒”だぁぁぁ!!」
「……あまざけ?」
「知らんたい……」
「ボクは好き〜。発酵ってだけでロマンだよね〜」
エルドは鼻息を荒くしながら酒粕にスリスリし始めた。
「やめろ。変態行為はマジでやめろ」
そして厨房亭の厨房。
さっそく実験が始まった。
「分量は……酒粕3:砂糖1:水12。まずは湯を沸かして……ほいっ、酒粕投入〜」
ぐるぐる、くつくつ、ぐつぐつ。
「うお……この香り……っっっ」
リュウの目が潤んだ。
「これ……これだよ……!」
ミランダが砂糖を加え、鍋をじっくりかき混ぜると、湯気の向こうからふわっと甘い香りが広がった。
「香ばしい甘さ、かすかな米の香り……これは……これはっ……!」
ルナがカップにそっと口をつける。
「……あつっ……あ、でも……なんねこれ、めっちゃ……ぽかぽかする……」
「でしょ!? でしょ!? これが甘酒なんだよ!」
「なんか……うち、これ好きかも。はぁ〜……しみるばい……」
ティアが一口すすると、ほうと息を吐いた。
「……これはいいですね。食欲のないときにも、消化を助けそうです」
「うむ。これで世の焼き芋がさらに進むな!」
「いやお前の焼き芋とは別だろ!」
リュウは満足げに甘酒の鍋を見つめた。
「酒粕、再利用できて美味くて、あったまるとか……これ、売れる未来しか見えないわ」
「おぉ、じゃあ、また忙しくなるな、リュウ!」
「スローライフ……また、遠ざかったぁぁぁ!!」
冬の酒蔵から、またひとつ、文化が生まれようとしていた。
◆◆◆
リュウは筆の家の厨房、つまり“戦場”に立っていた。
目の前には鍋、そして……またしても山のような酒粕。
「……よし、量産体制に入るぞぉぉぉ!」
その声に、ルナがそっと顔をのぞかせる。
「なんか……今日のリュウ、気合い入りすぎっちゃない?」
「そりゃそうだろ、ルナ。これはただの飲み物じゃない。寒い冬を乗り越える、文化と体温の両立……“甘酒革命”だ!」
「だいぶ大げさやね……」
「で、何から始めるのかね?」
ミランダが腕をまくりながらやってきた。すでに勝負の顔だ。
「量産にはな、安定したレシピと保存がカギなんだ。だから、今日は“鍋で魔法の調合”をしっかり詰めていく」
「まるで薬師みたいやね」
「発酵は医療と文化の母なんだよ!!」
「誰かリュウを止めて〜」
エルドがどこからか現れて、全力で賛同するポーズをとった。
「リュウくんが作ったら、僕も甘酒風呂入りた〜い!」
「風呂じゃねぇぇぇ!! 飲み物だっつってんだろぉぉ!!」
リュウの指示で、鍋がいくつも並べられた。
「分量は基本、酒粕3、砂糖1、水12。でも温度で風味が変わるから、火加減が大事」
「なるほど。そこはあたしの出番ね」
ミランダが魔導コンロに手をかざし、微妙な火力調整で鍋を操る。
香りが立ち昇り、厨房いっぱいに甘い空気が満ちていく。
ルナがうっとりした声を漏らす。
「……この匂いだけでご飯食べられそうたい……」
ティアもノートを取り出しながら、化学的な視点での温度・粘度変化を記録中。
「冬場の栄養補給としての利用価値も高そうですね。糖質も適度にあるし、保温効果もある」
「実験台としてマオに飲ませてみるか?」
「よし、いっちょ配達いってくるばい!」
そして、芋城(仮称)にて。
「ふむ……うぅむ……これは……!」
マオがカップを手に、ひと口飲んで静止する。
「……やさしい……甘くて、身体があったかくなる……リュウ、これはすごいぞ!」
「それ甘酒だから!」
「いや、この“ぽかぽか”は焼き芋以上……いや、芋との相性抜群!」
「そろそろ“芋から離れろ”」
こうして筆の家では、以下の2本柱で販売戦略を組み立てることになった。
•① 酒粕(ペースト状)の販売
家庭用として、鍋で温めて甘酒を作れるよう、保存樽に詰めて支店で販売。
•② 店舗での提供:甘酒ホット
厨房亭の限定メニューに追加。朝の“ぽかぽかセット”としておにぎりや練り物とのセットも開発中。
エルドはというと、厨房の隅で小さな札を並べながら叫んだ。
「ねえリュウくん! “甘酒アイス”ってどうかな!? 女の子にも売れるよ!」
「なぜこの段階でアイスを見据えてるんだお前は!」
リュウのスローライフはまたしても、ふわりと湯気に包まれて遠ざかっていった。
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