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第61話 冬の訪れ、スローライフに危機

 冷たい風がルミアステラ王都を吹き抜ける。

 この国では一年の三分の二が春、そして残りが冬の二季制の不思議な世界だ。

 いよいよ、年に一度の“凍てつく冬”が到来しようとしていた。

 

 木漏れ日が揺れる午後の軒先で、ハンモックに身を預けるリュウは、幸せの絶頂にいた。


「ふぅ〜……空気がひんやりしてきたなぁ……」


 ハンモックに揺られながら、空を見上げて呟く。


 ルナが毛布に包まって、隣の椅子で丸くなっていた。しっぽが毛布の中でバタついている。


「ねえルナ、この辺の冬って、どんな感じ?」


「めっちゃ寒かよ。朝起きたら水桶が凍っとるくらい。もう外に出られんくなると」

 もぞもぞと毛布の中から顔だけ出して、ルナが答える。


「え、まじで? ってことは、畑仕事とかも?」


「むりむり! うちは絶対やらんけん!」


「そうじゃなくて、農作物的にだよ!? うちの生命線!!」


「……知らん。寒くなったら、うちは暖炉の前が至高やけん」

 ルナはぬくぬくモードで返してくる。


 すると、いつの間にか近くの木の陰からティアが現れていた。


「リュウさん、畑のことですが……この地方の冬は完全に“雪封”になります。作物はほぼ取れませんよ」


「な、なんだってええええ!?」

 リュウがハンモックごとガタンと落ちる。


「冬の間、何も育てられないって……筆の家、売り物無くなるじゃん!」


「うちもおやつなくなるん……」

 毛布の中でルナの耳がぴくぴく震える。


 リュウは地面に這いつくばりながら、うなった。


「くそっ……これはもう非常事態だ……畑が死んだら、俺のスローライフも終わる……!」


 ティアが小さく頷く。


「加工品が必要ですね。保存が効いて、冬でも売れるもの。」


「鍋だ」

 リュウの目がギラリと光った。


「え?」


「冬、寒い、凍える、なら、答えはひとつ!」


 リュウはすくっと立ち上がり、両手を広げて宣言する。


「“おでん”だッ!!」


「おでん……? それはなんば?」

 ルナがきょとんと首をかしげる。


「たくさんの具材を出汁でじっくり煮込んで食べる、日本の冬の定番料理! この世界で売れるかは分からん、でも俺の心はもう決まってる!」


「また、うち知らん料理始めるんね……」


「港町に行ってくる! 練り物の材料は海にしかない!」


「やっぱし始まったばい、暴走リュウ」

 ルナが毛布を深くかぶり直す。


 その数分後


「イカおじさーん! また来たよー!」


 港町の魚市場に現れたリュウは、大声で馴染みの漁師に駆け寄った。


「おうおう、またなんか変な料理でも考えたんか?」


「変じゃない! 冬の王者、鍋の王様、おでんを作るんだ!」


「わかんねぇが面白そうだな! で、欲しい魚は?」


「白身魚に昆布、あとタコも! 練り物にするから新鮮なの頼む!」


「よっしゃ、あるだけ持ってけ! 今日のはとびきりのヤツだぞ!」


 リュウの笑顔が弾ける。


「ありがとう、マジで助かる!」


 リュウは大きな木箱に山盛りの魚介類を積み、ふうっと一息つく。


「さて……準備は整った。次は……出汁と練り物の仕込みだな!」


 空を見上げると、冷たい風に乗って、遠くの山が白く霞んでいた。


 冬は、もうすぐそこまで来ている。


 ◆◆◆

 

 港町からの帰還は魔法の扉ひとつ。

 だが、リュウが運んできた木箱は、厨房亭の厨房を埋め尽くした。


「……リュウ、またやらかしたわね」

 腕を組み、眉間にしわを寄せるミランダ。


「ちょっと魚買いすぎたかも?」

 リュウは箱の山の後ろから、照れくさそうに顔を出した。


「“ちょっと”で済んでたら厨房が水産加工場になったりせんばい!」

 ルナが頭にタオルを巻いて、怒りの小突きを入れてくる。


「はいはい、わかってる。でもさ、この量が必要なんだよ! 今日は、“仕込みの日”なんだから!」


 作業が始まった。


 まずは魚のすり身作り。

 新鮮な白身魚を3枚におろし、骨を丁寧に取り除く。

 ミランダが手際よく皮を剥ぎ、リュウがブレンダー代わりの“手動魔力ミキサー”でねっとりするまで混ぜていく。


「うおおお……なにこの粘り! これ絶対ふわっふわになるやつ!」


「いいから集中しな。塩と片栗粉も混ぜて、はい、練る!」


 ルナは小さな手で丸めていく。

 できあがったすり身団子は、ちくわ用、はんぺん用、魚のつみれ用と形を変えて揚げ、焼きに回された。


「……揚げたてのちくわ……ふおぉ……ちょっと、味見を……」

 ルナが誘惑に負けて一口。


「!?」

 目がまんまるになる。


「なにこれ……! もちもちでふわふわで……すき……っ!」


「それは味見じゃなくてガチ食いですねルナさん!」


 次は、だし。


「ミランダさん、ちょっと昆布貸して」


 リュウは鍋に水と昆布を入れ、火にかける。


「ふふ……こっちは任せな」

 ミランダは火加減を丁寧に調整し、温度計も使わずぴったりと最適なタイミングで昆布を取り出した。


「さすが……匠の領域」


「でも、ここからが勝負よ。例の……あれ、いくんでしょ?」


「おうとも!」


 リュウはどこからか取り出した紙袋を広げた。


「これは“鰹節”というものです! おでんの命!!」


「ふぉ……ふぉぉぉぉ……」

 ティアが神妙な顔で袋の中を覗き込む。


「これは……なんという芳醇な香り……これを出汁に……? 我がエルフの舌が目覚めそう……!」


 リュウは鍋にざばっと鰹節を投入する。


「……いい香りだぁぁ……くぅぅぅぅ……」


 黄金色のだしが、立ちのぼる湯気とともに、厨房を包み込んだ。


「さ、具材を準備しよう」


  タコはぶつ切りにされ、軽く下茹でしてから串に。

大根は輪切り、玉子は固茹で、じゃがいもも皮をむかれて準備完了。


「この昆布も、具材として復活してもらうぞー!」


「おでんに入ってる昆布、うまそうやね」


「ようやく出番たい、タコ串完成!」

 ルナが誇らしげに竹串を掲げる。


 すべての素材が鍋に投入され、あとは


「じっくり……煮込む!!」


 ふつふつと立ち上がる出汁の香り。

 濃いめに調整された醤油と塩のバランスが絶妙に素材へと染み渡っていく。


 リュウは鍋を見つめながら、そっと呟いた。


「……もうすぐ、この世界に“おでん”が根付く時が来る……」


「誰かこの人止めてぇぇぇ……!」

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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