第60話 番外編 親バカ王、厨房亭に現る
昼時の厨房亭。
今日も店の外には行列、店内は満席、厨房からは芳ばしい味噌と醤油の香り
……そして、その真ん中で誰よりも濃い存在感を放っている男が一人。
「ぬおおお……今日の塩むすびは角が美しい……これぞ芸術……!」
その男、獣王国国王・グラディオン・ガルドリオン。
ルナの実父にして、親バカの頂点。
「なにが“角が美しい”や……米に角があるかばい……!」
カウンター越し、ルナは盛大にため息をつく。
「ったく、バカ親父、王様が毎日こんなとこ入り浸ってよかと!? 国政は!?」
「かまわぬ!娘より大事なものは無い! 厨房亭の味噌汁以外にはな!」
「お前、後半おかしかぞ! 味噌汁と並ぶな!うちと!」
「うぬ、味噌汁は正義。だがルナは至高……つまり、甲乙つけがたし!」
「……帰れーーーっ!!」
バァンとお玉でカウンターを叩くルナに、獣王は「ひええ」と縮こまる。
それでも毎日来る。
魔法の扉を繋げて以来、厨房亭に通いつめる“常連客”になってしまったのだ。
一方、裏手ではリュウが腕を組んでハンモックに倒れ込んでいた。
「はぁ……スローライフってなんだっけ……俺、王様に毎日味噌汁出してんだけど……」
ティアが静かに麦茶を飲みながら答える。
「“スロー”とは時間ではなく、心の余裕です。心が騒がしいあなたには、当分訪れませんね」
「やかましいわ。あー、胃が痛い……」
その日の閉店後。
厨房亭のカウンターには、まだ居座る一人の王。
「なあ、ルナ……今日は一緒に帰るか?」
「は? うちは王都に住んどるけん」
「扉で帰ればすぐではないか。今夜は、父娘で味噌玉鍋でも囲まぬか?」
「そげん、かわいく誘っても無駄やけん!」
それでも少しだけ耳が赤くなるルナに、獣王はニンマリ笑って立ち上がる。
「ではまた明日来る! 次は“ルナお手製の味噌玉カレー”を頼むぞ!!」
「勝手にメニュー増やすなあああああああ!!」
こうして今日も、厨房亭には“世界一の親バカ王”が現れる。
そしてルナは、ちょっとだけ、そんな父親の来訪を待っている。




