第59話 現 vs 元 婿候補、真剣勝負!
獣王国の王宮中庭。
筆の家一行が並んだその前で、金色の陽光に輝く男が一礼した。
「はじめまして、ルナ姫。私はケン=シャグラ。
南部獣牙領の代表として、獣王陛下より“貴女の婿候補”に指名された者です」
ケンは見上げるような長身と、引き締まった身体を持つ虎獣人。
低く落ち着いた声に、野性味と知性の両方を感じさせる。
だが、ルナはじっとその視線を見つめ返し
「悪いけど、うちは他人の言いなりで結婚する気はなかよ」
「その意志が聞けて嬉しい。ならば俺は、“己の力”で貴女を振り向かせてみせる」
言い切ったケンの後方
突然、影が一つ、飛び込んでくる!
「力で決める……か。ならば貴様は、まずこの俺を越えてからにするがいい」
轟、と空気が震えた。
巨大な体、岩のような拳。登場したのは
「ゴルザーク・ガルフレア。獣王軍団長の嫡子。そして……かつての、ルナ姫の婚約者だ」
「ゴ、ゴルザーク!? お前、まだこの国におったと!?」
「当然だ。姫の帰還を聞いて、俺が黙っていると思ったか」
鋭く交差する視線。
まさに、王国の獣たちの“頂上決戦”の気配が中庭を包む。
「獣王国で実力を試すなら、ただ一つ」
ケンが構える。拳を握り、四肢に力を込める。
「この国の地を踏むなら、“力”で語れ。それが我々の掟だ!」
ゴルザークが唸る。すでに全身から闘気が立ち上っていた。
ルナが頭を抱える。
「や、やめろー! うちは誰の物でもなかとーっ!」
リュウが傍で味噌玉を捏ねながらつぶやく。
「いやあ、これはもう……止められない流れだよね」
ティアが冷静に解説を始める。
「ええ。おそらく、これは“儀礼的な求婚戦”。勝ったほうが、“挑戦者”の権利を得る形です。まあ、ルナが受けるとは限りませんが」
「ルール的には、勝っても告白すらできないのか……」
エルド「ところで混ざっていい?」
「黙って座ってろ!!」
そして、静かに号砲が鳴った。
「勝負……始めッ!!」
瞬間、地面が砕けた。
ゴルザークの踏み込みが風を裂き、ケンの拳が前に突き出る。
激突!
まさに岩と鋼がぶつかり合うような音。周囲の兵士や筆の家メンバーが、思わず目を見開いた。
一進一退。
重量と破壊力で押すゴルザークに対し、ケンは柔軟で鋭い動きで応じる。
「やるな。貴様、ただの筋肉ではないようだ」
「貴様もな。だが俺は、姫に触れられたことのある男だ。そこの差は大きいぞ」
「そこは関係なかーーーっ!!」
ルナ、赤面しながらツッコミ炸裂!
観客「きゃあああ!」「姫ツン可愛いー!」「これは決勝戦たい!」
まさに王国の民が見守る“猫姫をめぐる一騎討ち”。
そして
「これで終わりだぁッ!!」
ゴルザークの拳が、地を砕きながら放たれた。
「いい拳だ……だがまだ届かんッ!!」
ケンのカウンターが入り、同時に両者の拳がぶつかり
ドゴォォォォン!!!
二人は弾き飛ばされ、真っ白な砂煙の中に沈んでいった。
勝敗、ドロー。
「けっきょく、うちの気持ち誰も聞いとらん……」
ルナのつぶやきに、場の空気が凍る。
リュウは苦笑しながら、味噌汁をすすった。
「まあ、うちの姫様が一番強いってことで、いいんじゃない?」
◆◆◆
激突の果てに、真っ白な砂煙が晴れてゆく。
拳と拳をぶつけ合ったケンとゴルザークは、互いに肩を押さえながらも、倒れず立っていた。
「……やるな、ケン・シャグラ」
「そちらこそ。まさかここまでとは思っていなかった」
握手。
武の誇りを懸けた戦いの末に生まれた、獣人たち特有の絆がそこにあった。
だがその熱に水を差すように、しれっとした声が響いた。
「だからって、うちの許可なく勝手に婿候補面されるのは困るっちゃけど」
そう言ったのは、もちろん、ルナ・フェンリル・ガルドリオン。
「ゴルザーク、お前は昔から勝手に“婚約者”とか言いよった。ケン、あんたは礼儀正しくて強かけど、会って数分で“嫁にしたい”は早か」
男たちは一斉に黙り込む。
ルナはキリリとした顔で皆を見渡しながら、こう続けた。
「うちは、自分の道は自分で決める。誰かに決められて歩く気はなかよ。この国の第二姫である前に、一人の獣人として生きるって決めたと」
言い切ったその瞳に、迷いはない。
そして、玉座の後ろから、ゆっくりと一人の男が歩み出た。
「それでこそ……わしの娘じゃああああああああああ!!」
大獣王グラディオン、感涙。
「お主たち、よくやった! ゴルザーク、ケン、どちらも見事であった!だがルナの言葉に従い、今後“婿候補”は一旦白紙! すべてはルナの意志次第とする!」
兵士たち「「「おおおおおっ!!」」」
ゴルザークは一礼し、静かに言う。
「ならばまた、己を磨いて……いつか“対等な男”として挑ませてもらう」
ケンも笑う。
「そのときは、真っ向勝負で挑ませてもらおう。ルナ姫」
「うちは勝負なんかせんばい!! なんで勝手に再挑戦の流れになっとるとー!?」
リュウがそっとルナの後ろから声をかける。
「でもまあ、ルナの気持ちはちゃんとみんなに伝わったよ。王様も」
「……ほんとに伝わったんやろか……」
そう呟くルナを、王が真剣なまなざしで見つめる。
「ルナよ。もし……もしまた旅立ちたくなったときは、父であるわしにひとこと伝えてくれれば、それでよい。
お前の幸せを願わぬ親など、おらんのだからな」
「……そげん言われたら……もう怒れんたい」
王はそっとルナの頭に手を置き、優しく撫でる。
大きな掌に、ほんのわずか震える指。
「愛しておるぞ、ルナ。世界で一番じゃ。……いや、二番かもしれん。味噌玉が一番うまかったのでな」
「なんでやねーんっ!!」
こうして、ルナの帰還騒動は無事(?)幕を閉じた。
その夜。獣王国王宮内ルナの部屋に筆の家への魔法の扉を繋いだ。王都に戻った筆の家では、リュウが宙庭でハンモックに揺られながらつぶやいた。
「いや〜……ほんとに親ってすげぇよな……」
するとどこからか、ふわりと風が吹いてくる。
「リュウ、おにぎり握ってくれん? さすがに疲れたばい」
「はいはい。味噌玉スープもつけてな」
「あとで感謝のハグ、つけるけん」
「……今、最高のスローライフかもしれない」
そして物語は、また新たな日常へと続いていく。




