第58話 猫姫バレる!大騒動のはじまり
「ルナ・フェンリル・ガルドリオン! さあ、その英知と誇りを今こそ示すがよい!」
それはリバーシ大会、決勝戦のときだった。
興奮で盛り上がる会場に、まるで宣伝のごとくマオの叫びが響いた。
そしてそれが、全ての発端だった。
◆◆◆
場所は変わり、獣王国・王都ガルドリオン。
その玉座にて。
「なにぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!? ルナが!? 王都ルミアステラで!? リバーシ優勝じゃとぉぉぉぉぉ!!?」
怒りに震えるその声は、天井を割りそうなほどだった。
鋭い獣の眼光に、側近たちは全員青ざめている。
「ご報告いたします、陛下。使節団よりの連絡にて間違いなく“ルナ姫”の確認が……」
「我が娘が……“逃げた”ばかりか、“リバーシの女王”などというふざけた二つ名を得ておるとは……!」
王はバッと立ち上がり、マントを翻して叫んだ。
「もはやこれは家族の問題ではない! 国の威厳の問題だ!!」
「……それで、どうなさるおつもりですか、陛下?」
「決まっておろう!! 軍を出すッ!!」
その瞬間、王城の空気が静止した。
「おやめください、陛下!!」
場を抑えたのは軍団長、つまりゴルザークの父、老将ベルザーク。
「姫君は、確かに家を出られました。だが、王都で他国の民を害したわけではない。軍を動かせば……それこそ国際問題ですぞ」
「しかし我が娘が――!」
「お気持ちは痛いほどに。しかし今すべきは、軍ではなく、“対話”でございましょう」
「……うぬぅ……! 我が、ルナに会いたいばかりに……ぐぬぬぬぬ……」
その怒りとも愛情ともつかぬ唸りを飲み込み、獣王はついに言葉を絞り出した。
「……ベルザーク。ならば“影”を使って密書を送れ。せめて……父の心を伝えるのだ」
「御意。すぐに手配いたします」
◆◆◆
数日後、筆の家 本拠地ログハウス。
「なんや、この封筒……誰か結婚式でも挙げると?」
そう言ったルナが手に取った手紙には、見覚えのある家紋、ガルドリオン家の紋章が。
その瞬間、背筋がピンと伸び、しっぽもボワッと膨らんだ。
「ちょ、ちょっとリュウ……中身、読んでくれん?」
「お、いいけど……えーと……
“ルナ姫殿下へ、陛下に所在が発覚し、軍を差し向けようとなさっております。至急、獣王国への帰還をお願い致します”」
「うげぇぇぇぇ! ば、バカ親父……マジやない……!?」
リュウは味噌玉を捏ねながら、まるで当然のように言った。
「いや、あれだけマオが“フルネームで叫んで”たら、バレるの当たり前だろ」
「めんどくさかと……今さら帰るとか……絶対説教やん……!」
ルナは座布団の上でうねうね転がっていた。
「でもさ、ここまできたら一回顔出してきたら? 説教される前に味噌玉ぶち込めばワンチャンあるって」
「料理で全部解決すると思うなたい!!」
「よし! 決定! みんなで獣王国に行って、野菜も果物も味噌玉もおにぎりも詰めて献上旅行だ!」
「おおおちつけリュウ!? なんで筆の家総出!? 旅行気分なん!?」
「スローライフ旅行ってことにすれば、オレもちょっと気分上がるし」
「うちの立場ァァァァァ!!」
こうして。
猫姫、里帰り(予定)
筆の家、物理的に出張
リュウ、スローライフ(から遠ざかる)
獣王国への旅が、まさかの全力大騒動になるとは……この時の彼らは、まだ知らなかった。
◆◆◆
「野菜、よし! 果物、よし! 味噌玉、よし! ササニシキ、よーし!!」
朝からログハウス前は大騒ぎ。
馬車に詰め込まれるのは筆の家の名産品と、メンバーたちの“気合いと不安”だった。
「まさか、こんなメンバーでルナの実家帰ることになるとはね〜」
フィナが馬車の中でニヤニヤ。
「お姉、実家って怖いの?」
「……こ、こわくはないけど……うちの親父は……問題が……」
ルナはササニシキの米袋の陰に隠れて震えていた。
「どうせなら扉で一気に行けば……」
ティアがぼそっと言うと、リュウは即答。
「ダーメ! まだ行ったことない場所には繋げないんだよ、扉は!」
「えっ、そうなん? 不便たいね」
ルナがポソッと呟く。
「……うん、便利すぎると、俺のスローライフが完全になくなるからね」
「もうとっくになかよ」
◆◆◆
数日後、馬車はついに獣王国へと到着した。
巨大な門が開かれ、城壁の中に広がるのは活気ある街並みと、個性的な獣人たちの群れ。
猫、犬、狼、兎、熊、虎……耳と尻尾のフェスティバル状態である。
「す、すっごい……!」
モモが目を輝かせ、耳をピコピコさせてる熊獣人に手を振る。
「筆の家だってよ!」
「ルナ姫が帰ってきたらしい!」
「味噌玉と芋と芋と味噌玉が食えるって本当か!?」
「まじで?味噌玉でプロポーズするわ!」
街は軽くお祭り騒ぎになっていた。
そして
王宮の前。
「やだやだやだ、ここまで来たけど、やっぱうちは帰らん! リュウ、帰るばい!」
「無理です、ここまで来て今さら引き返せるかー!」
リュウに背中を押され、ルナはついに玉座の間の扉をくぐった。
そして
「ルナァァァァァァァァアアアア!!!!!!」
叫んだのは、王、獣王グラディオン・ガルドリオン。
長くたくましい金色の鬣をなびかせ、まさに“獅子の王”と呼ぶにふさわしい風格の持ち主。
「な、なんね……なんであんた泣きよっと……」
「バカモノォォォォ!! よくぞ……よくぞ……生きておったぁぁぁあ……!!」
獣王、まさかの号泣しながら玉座から転がり落ち、全力で駆け寄ってくる。
「うちのルナが……リバーシ大会で優勝だとぉ!? あああ、誇らしい! 誇らしすぎて、わし、王冠が重いわぁぁあ!!」
ルナの肩をぶわっと抱きしめて、頬ずりする王。
「やめんね!? いま人前!!」
「可愛いものは可愛いのだッ!!」
周囲の兵士たちが揃って視線を逸らす中、王と姫の再会はまさかの“全力親バカ”モードで幕を開けたのだった。
その様子を後ろで見ていた筆の家メンバー。
「リュウ……親ってああいうもんなの?」
「……いやあれは、上位互換だと思うよ。王様で猫親で娘大好きとか、スペック盛りすぎ」
ティアは冷静に分析していた。
「……むしろ、“娘依存”の兆候すらありますね。わりと重症かと」
「なんか、うちの方が疲れた……」
ルナはすでに魂を抜かれていた。
だが、これで終わりではない。
王の次なる言葉が、場を再び騒がせることになる。
「ルナよ、帰ってきたからには、ちゃんと婿を決めねばならぬな!!」
「うち、帰る!! 今すぐ帰るったい!!」




