第57話 バレる? バレない? 神のスリルゲーム
王都ルミアステラ。筆の家 王都支店。
朝の営業がひと段落したころ、普段より明らかに異質な来客があった。
上質な法衣、整った顔立ち、無駄のない動き
「ご来店……ありがとうございます?」
フィナが戸惑いながら頭を下げる。
その人物は、周囲を静かに見渡してから、口を開いた。
「私はセラフィエル教の枢機卿、ディアノス・エルシオール。…ここに“神聖なる気配”があると聞いてきた」
「えっっ……は?」
フィナの背筋が凍った。モモも持っていたにんじんをポロリ。
「り、リュウさん!ヤバい人来てるよおお!!」
◆◆◆
リュウ、本拠地でハンモックから転げ落ちる。
「はァァァ!? 来たの!? 今!? なんで今来るの!?」
ティアがすでに制服に着替えながら言った。
「今からでも王都支店に向かいます、エルドも来てください」
「僕、今日の天使将棋トーナメント係じゃなかった!?」
「任務優先、さあ変態、動いて!」
「扱い!?」
王都支店、店内。
「これが……“筆の家”……神の息吹が漂っているようだ……」
枢機卿ディアノスは、静かに目を閉じて言った。
そこへ、駆けつけたティアとエルドが登場!
「お初にお目にかかります、こちら筆の家研究部門の代表補佐、ティア・リュミエールと申します」
「わたくしは補佐の補佐、魔導スクロール担当、エルド・マクシミリアン。専門は愛とロマンとたまに実用です」
「余計なの入れんな!!」
ティアの肘打ちがエルドの肋骨に突き刺さった。
ディアノス、店内をじっくりと歩きながら語る。
「この空間……穢れがない。光がある。しかし、それはまるで……“誰かの意志”で磨かれたような……」
ティアが冷や汗を流しながら笑う。
「こ、ここは……皆さまにとって“癒しの場所”でありまして、いわば地上の……“神殿サウナ”みたいな?」
「つまり、神が……サウナに降臨してると?」
「ええと……はい?」
◆◆◆
その頃、宙庭では
「リュウ、我は……暇である」
「セラ様、ダメ!! 今出たら大変なことに!!」
リュウは両手を合わせて必死。
「お願い! いまだけは! おにぎり追加で握るから!! 芋プリンもセットで!!」
「……芋プリン。“許可”する」
セラフィエル、再び将棋盤へ。現在49勝1敗(唯一の敗戦はティア)。
◆◆◆
一方の王都厨房亭では、ディアノスがカウンターに腰を下ろし、静かに味噌汁を飲んでいた。
「……これは。どこかで、食べたことがある味……」
「ま、まさか!?」
「……いや、記憶違いか。どこか“神に捧げる供物”に似ていたのだ」
ティア・フィナ・エルド:「ヒィィィィ!!」
そして退店時。
ディアノスは一度だけ、振り返って言った。
「……その“気配”が、どうか悪しきものではないことを、願っている」
にっこりと、まるで“全てを知った上で黙っている”ような微笑みを浮かべて。
筆の家、全員の背筋がぞくりと凍った瞬間だった。
リュウ、本拠地でハンモックに顔をうずめて叫ぶ。
「こえええええええ!!! 絶対気づいてただろあれええええ!!」
ルナが笑いながら肩をぽんぽん叩いた。
「うちが味噌汁、ちょっとだけ神々しく作りすぎたとよ」
「やめてよぉぉぉぉぉぉ!!」
◆◆◆
ディアノス・エルシオール枢機卿の王都視察は、ついに最終日を迎えていた。
その姿は変わらず穏やかで、瞳は静かに何かを見透かすようだった。
教会への帰路、彼は最後にもう一度、筆の家 本拠地を訪れた。
リュウ、ルナ、ティア、ミランダ、そしてマオまで揃って正座でお出迎え。
「ようこそ……ご来館いただき、光栄です」
「その様子、まるで裁きを待つ者たちのようですね」
ディアノスは微笑んだ。柔らかく、けれど、やはり“深い”。
ログハウスの応接間。
リュウは心臓バクバクでお茶を差し出した。
「どうぞ、これはうちで育てた茶葉を焙じて……」
「いただきます」
すす
「……素晴らしい。神にも捧げられる味だ」
バシャッ!!!
リュウ、見事にお茶を吹いた。
「それやめてくださいぃぃ! なんか怖いですぅぅぅ!!」
「ふふ、すまない。だが、真実を言っているだけですよ?」
ティアがそっと口を挟む。
「枢機卿殿……やはり、何か……お気づき、なのでは?」
「“何も知らない”という顔で、正体を隠すのは得意ではないのですよ、貴女方は」
ディアノスは、窓の外を見た。
そこには……まるで、どこかを眺める天使の気配があった。
「我々セラフィエル教は、“神の復活”を恐れてなどいません」
「ただ、“復活の意味”を問うだけです」
静かに、けれど確かに、ディアノスは告げる。
「その方が、我々が信じる“セラフィエル”そのものなら」
「それが、芋を頬張ろうと、味噌汁を好もうと……それもまた、神の姿の一つなのでしょう」
◆◆◆
その頃、宙庭の茶室では
「ふむ……本日の芋プリン、前より甘さ控えめ。だが、香りは増しておる」
「さすがセラ様、コメントのプロ……」
エルドが背後で涙を浮かべて頷いていた。
◆◆◆
帰り際、ディアノスはリュウにだけ、静かに語りかけた。
「リュウ殿、貴方は“筆を通じて世界を変える者”……でしょう?」
「……まぁ、なんか、結果的にそうなってる気がしますけど」
「ならば、それもまた、神の使徒の一形かもしれません」
「やめて! 急にそんな設定背負わせないで!? スローライフ派なんで!!」
「ふふ……では、最後に」
ディアノスは背を向けながら、ふっと笑みをこぼした。
「“セラフィエル様に、味噌玉をよろしく”」
「やっぱりバレてたァァァァァァァァ!!」
そして枢機卿ディアノスは静かに王都を後にした。
王は胸をなでおろし、宰相ラグレスは深く息を吐き、リュウはハンモックに突っ伏していた。
「……もうだめだ……俺のスローライフ、神に捧げられちゃったよ……」
ルナがクスクス笑って言った。
「次は神様本人が来たりしてね」
「来んなあああああああ!!!!!」
こうして、筆の家は神すら抱える“癒しの拠点”として、静かにその名を広めていくのであった。




