第五十五話 肉と魚が足りない!? 筆の家、流通網をつくる
舞踏会まで、あと十日。
筆の家は、これまでにないほどの慌ただしさに包まれていた。厨房ではミランダの怒号が飛び交い、包丁のリズムが戦場のように鳴り響く。裏庭ではルナとバズが肉の解体手順を熱心に練習し、倉庫ではミーガンが在庫帳とにらめっこ。リュウも原稿帳を抱えて走り書きに余念がない。
「……ふむ、港町まで扉でつなげば、鮮魚の流通、いけるか?」
リュウは地図を開き、行き先を指差す。扉召喚の魔力を組み込むページに、魔符を走らせては消し、また書き足す。
筆の家は自前の畑を持ち、王族向けの野菜や果物には事欠かない。が、舞踏会のメインを飾るのは「最高級の肉と魚」。王族・貴族の舌を唸らせる、そのハードルは想像以上に高かった。
「肉ならなんとかなるわ」
ミランダが大鍋をかき混ぜながら言う。
「宮廷時代の人脈を駆使して、国境近くの牧場から質のいい牛肉と地鶏を確保したの。ただ……」
「魚が、圧倒的に足りないっス」
ミーガンが帳簿を掲げ、眉を寄せる。
「そもそも王都に鮮魚が届くのは稀。港町から馬車で運ぶと、到着時には干物か塩漬けになっちまう」
「なんで王都は、内陸なのに海の幸を好むんだよ!」
バズが思わず叫ぶ。
「それは私も聞きたいわ!」
ミランダが汗を拭い、ため息をついた。
そんな折、紋章入りの馬車が筆の家に乗りつけた。
車から現れたのは、鼻につくほど上品な貴族の青年。
「我が名はバルストン家の次男、フィルベルト卿。今回、国王陛下のご命令と聞いて舞踏会の準備に協力を申し出たのだが……」
「君が筆の家の主人かね? 余の家の商隊が、君の店向けに用意された肉の一部を預かることとなった」
「王命を理由に横取りするとは何事だ!」
リュウは飛び上がり抗議するが、卿は涼やかに肩を竦める。
「貴族社会の規律だ。少々、反省してほしいね」
妨害は、これだけじゃなかった。
取引を打ち切られる業者が相次ぎ、一時は絶望の淵に沈みかけた。しかし、この家には仲間の輪があった。
「へへ、うちの父ちゃんが山で鹿狩ってる。めっちゃ新鮮だから、送ってもらう!」
「ウチの部族の親戚、牛の世話しとるぞ! 売ってくれるか聞いてみる!」
「港町の友達に連絡してみる! 魚の目利きなら任せとけって!」
こうして、筆の家に集う獣人、魔族、エルフ、孤児たち、それぞれが持つルートを駆使し、高級食材を一点ずつ回収していく。
そしてリュウは決断した。
「よし、俺が行く。港町まで!」
王都から馬車を走らせ、リーヴェン港に降り立ったリュウは、海風に髪をなびかせながら原稿帳を広げる。
"リーヴェン港の市場と、筆の家王都支店を繋ぐ“魔法の扉”を常時開設。双方向配送により、鮮魚が即日入荷可能となる"
空に青い魔符陣が浮かび、扉がひらりと現れた。向こう側には、厨房の熱気と慌ただしい調理風景が映っている。
「……繋がった。鮮魚ルート、これで完了!」
リュウは拳を握りしめ、心から安堵した。
スローライフは遠い。だが、大切なのは誰かの笑顔を支えること。そのために、今日もリュウの筆は走り続ける。