第53話 国をも動かす石の力、オセロ国家指定遊戯へ
「……もう無理。俺の手に負えない」
リュウは執筆机に突っ伏し、机の上にリバーシ石を並べてはため息を吐いていた。
何がどうしてこうなったか。
いや、はっきりしている。
元凶は、天使だった。
数日前
王宮、皇太子レオの私室。
「セラフィエル様、今日もその“黒と白の石の遊び”を……?」
「うむ。静寂と戦略……これは極めて高尚な遊戯である。しかもこの一手には神意を感じる……よし、そなたはそこで黙って見ていよ」
「そ、そうですか……」
皇太子レオは、自室でせっせと黒白の石を並べる大天使の姿を、複雑な表情で見つめていた。
「……陛下。大天使様が毎晩王宮で遊んでおられる“リバーシ”という遊戯……あれ、ひょっとして」
「王族の教育に……使える?」
「知略、冷静さ、先を読む力、戦術眼、そして礼儀作法。完璧な教材です」
「なるほど、それならば……」
翌朝。
王都中に広まった号外がこれである。
『王国評議会、ついに承認!「リバーシ」国家指定遊戯に、筆の家が新時代の礎を築く!」
「いやいやいや、冗談だよね!? 国の遊戯って何!? リバーシって“体育の時間”にする気!?」
リュウは新聞をぐしゃっと握りしめ、ハンモックから落ちて悶絶していた。
その後ろで、モモとフィナがきらきらした目でリバーシ石を磨いている。
「ねえフィナ、うちら国家公認の売り子ってことになると?」
「……なにそれ、ちょっとかっこいい」
そして、王国広報局から公式発表がなされる。
『今後、王都を中心に“王立リバーシ大会”を開催。参加資格は年齢・種族を問わず。各地の予選を勝ち抜いた者は、王宮での“最終戦”に招かれる。』
『主催:王国評議会 協力:筆の家』
「おい、ちょっと待て!! いつ協力するって言った俺!?!」
「ふふん、あんたがいなきゃ誰が石を創ると?」
ルナは、勝ち誇った笑みを浮かべてリバーシ盤を差し出す。
「リュウ、うち決めたばい。出場するけん! 優勝狙うとよ!」
「うわぁぁぁ……筆の家から“国民的英雄”が生まれちゃうフラグぅぅぅ……!」
筆の家の地下サロンでは、すでに「地方予選の会場にしたい」という予約が相次ぎ、エルドは「表彰式の女の子の衣装はこれでどう!?」と勝手にメイド服図案を描いていた(ティアに燃やされる)。
大天使セラフィエルはと言えば
「王の遊び、気に入った。だがもっと戦略的遊戯が気になっている」
「だから勝手に文化吸収しないでぇぇぇ!!」
こうして、オセロという“白黒はっきりさせる”遊びは、
まさかの国家指定となり、筆の家を中心に“異世界リバーシ戦国時代”へと突入していく。
◆◆◆
筆の家 地下サロン。
今日も白と黒の石がパチンパチンと音を立てては、勝敗を決していた。
「うおーっ、勝ったーっ!」
「くそっ……次こそは……!」
「この感覚……中毒性あるな……」
すでに予選ブロックは各地で開催されており、ログハウスや支店には代表戦の申請が相次いでいた。
厨房亭のホールには、手描きの大きな横断幕が掲げられていた。
「第一回 王立リバーシ大決戦祭 予選会場 筆の家支部」
「……いや、どうしてこうなった」
リュウは味噌玉の補充をしながら遠い目をしていた。
その隣では、ルナがトレーニング用の巨大オセロ盤を前に腕を組む。
「よか? あたしはガチで優勝狙うけん」
「いや、ルナ……それ“体育祭の借り物競争”のテンションじゃない?」
「うるさいばい。リバーシは戦いやけん。戦場で手加減したら負けたい!」
「はいはい、姫様のご機嫌と訓練ですね〜」
そこへひょっこり顔を出したのは芋王マオ。
手にはなぜか司会用のマイク(魔導製)。
「本戦では我が解説席を担当することになったのだ!」
「え、マオが!? いつの間にそんな役目……」
「大天使セラフィエル殿の推薦でな。『あの芋はおもしろい』とのことだ」
「理由が雑ゥ!」
セラフィエルは今日もひとり、サロン奥のVIP席で静かに石を置いていた。
「この一手に、我は宿命を視た」
「また神託めいたセリフ出たーッ!」
近づいたリュウが思わず突っ込むと、セラフィエルはふわりと笑った。
「……この世界で初めてだ。正義も悪も関係ない、“ただの遊び”がここまで心を震わせるとは」
「……それが、娯楽ってやつなんだよ」
王立リバーシ大会、開催決定
優勝賞金、10万金貨。
優勝者は王宮から「オセロ戦術顧問」の称号と、特製黄金リバーシセットが贈られるという。
「なぁリュウ。次の新作遊び、もう思いついてるか?」
マオが芋をかじりながら言う。
「やめてくれよ……リバーシだけでこれだけ広がったんだぞ? 次なんか出したら、王国中を巻き込むって……」
「それでも、お主はきっと書くだろう? 何かを、“おもしろく”するために」
リュウは少し黙って、それからふっと笑った。
「……ま、確かに。リバーシも、元は“遊びたかっただけ”だしな」
彼はそう言って、一本のペンを手に取る。
そのペン先から生まれるのは、次なる“笑い”か、“混乱”か。
いずれにしても、筆の家には、また一つ、賑やかな日常が加わるだろう。
石を置くその手に、未来と笑いを乗せて。
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