第五十二話 翼の魔族、お世話モード突入
リュウはハンモックをひっくり返しながら、倒れたハンモックに腰掛け、ぽかんと上を仰いだ。空から降り立ったのは、黒い翼を翻す三人の女性魔族、マオのかつての側近たちである。
「……えっ、誰? 新手? 敵? あと顔が良すぎる」
リュウの視線は美しさと冷徹さを併せ持つ三人に釘付けだ。
見た目は全員、美人。
だが、その雰囲気は「戦闘要員」ではなく、まるで「子どもを迎えに来たお母さん」そのものだった。
マオの隣にそろりと降り立った三人は、一斉に涙目で駆け寄る。
「魔王様っ……いえ、ダルクス様っ!!」
「この数日、私たち、血眼で探してたんですよ〜〜っ!!」
「急に魔力の気配が途絶えて、どれほど心配したか……!!」
マオは腕を組んで申し訳なさげに頷いた。
「うむ……少々、民の世界でスローライフを体験してみたくなってな」
だが側近たちの反応は。
「って、その姿は何ですか!? か、かわ……い……!」
「いや……まさか、ここまで縮むとは……不意打ち……っ!」
「小さっ!! 手、ちっさ!! お腹もぷにってしてる!!」
もう止まらない。
三人のお姉様方は完全にマオを子ども扱いせんとする「母性本能の暴走列車」と化していた。
「お風呂は毎日? ちゃんと髪、洗ってる? 湯冷めしてない?」
「爪! 爪切ってる!? 整えてる!? ファイリングしてる!?」
「お昼寝は? ひとり? ちゃんと毛布かけてるの!? 湿気は!? 湿気ェェェ!!」る
「なんなの、この圧!? 魔族ってもっと冷たい種族じゃなかったの!?」
「完全に、保護者じゃねぇか」
「リュウ、これは……完全に大家族化の兆しばい」
「個人的には“母性3人衆”と呼称します」
「ネーミングセンスが理系すぎるだろ」
数時間後、リビングではふかふかのソファに腰掛け、魔族お姉様たちはくつろぎモード。
「こちらのソファ、座り心地いいですね〜」
「キッチンの構造、合理的。これ、マオ様の健康管理にも役立ちますわ」
そして一斉に立ち上がり、声を合わせる。
「マオ様と一緒に、ここに住まわせてください!」
「即決かよ!! 相談とかないの!?」
「必要ない。我ら魔王に仕える身。住む場所も世話する場所も、魔王のそばと決まっているのだ」
マオは悠然と紅茶を啜り、足を組んで微笑む。
「うむ、既に我の部屋には加湿器とふかふか枕が完備された。ぬかりなしだな」
「いや誰がそんな速さで生活環境整えろって言った!?」
こうして筆の家(村?)に、“マオ様用・魔族世話係付き特別区”が産声を上げた。
「スローライフとは、静かで穏やかななのに、どうして俺の暮らしは、どんどんにぎやかになっていくんだよおおおお!!」
リュウの叫びが、またひとつ、空へ吸い込まれていった。