第五十一話 ワガママ少年、爆誕す
まだ陽の光も柔らかな時間帯。筆の家の木製の廊下に、低く響く声がこだました。
「ふむ……足が、軽い。背も……低い。鏡はどこだ? 余の威厳を確認せねば」
マオはまだ慣れぬ十四歳の体を確かめるように呟き、廊下をそろりと歩く。
「ちょっとマオ! パジャマのままうろつかんと! 朝食前に顔を洗いなさいってば!」
ルナがタオルを握りしめ、颯爽と駆け寄る。
「我は魔王であるぞ!? 洗顔など、側近の仕事ではないのか!?」
マオはふんぞり返り、片眉を上げる。
「ちがーーーう!!」
ルナは躊躇なくマオの耳を引っ張り、強制的に洗面所まで連行した。マオはむくれつつも、洗面台に無抵抗で顏を寄せる。
「……まるで猫やね。されるがまま」
「されるしかないというか、気づいてないまであるよね」
廊下の陰で見守るティアとロッテが、小声で笑い合った。
食堂にて、和やかな朝食の準備が進む中、マオは席に着くと堂々とメニューを告げた。
「ごはんは白米と味噌汁、焼き魚、漬物に煮物……そして芋だ」
「朝から品数、多っ!?」
ミランダが慌ただしく大皿を並べながら驚く。
「食卓は“国の縮図”である。多ければ多いほど、国が豊かになるのだ」
マオは誇らしげに顔を上げる。
「国運までかけるな朝食に!!」
ミランダはまな板に突っ伏しながら呟いた。
「……はいはい。卵焼きも追加ね。ところで、この子、王族育ちか何かなの?」
「魔王族です」
「納得したわ」
ミランダが頷き、黙々と卵を焼き始めると、マオは満腹そうに腹をさすった。
「では、余の任務に戻るとしよう」
「ん? 何するの?」
「屋根で芋干しだ」
「やっぱり芋か」
マオは涼しい顔で立ち上がり、背後の階段を上っていった。
昼下がり、ぽかぽか陽気の下、屋根の棟に並ぶ芋の列。その傍らで、マオは心地よさげに目を細める。
「よい……芋の香りと共に眠るこのひととき……これぞ真の平和……」
マオは両手を腰に当て、満足げに空を見上げた。
だが、その瞬間──。
「ダルクス様ァァァアアアア!!!」
木霊のように響く大声とともに、空気が震えた。
「!?」
マオが慌てて飛び起き、リュウもハンモックから跳ね起きた。
「な、なに!? 空から!? あれ翼っ!? って、女の人が三人!?」
リュウの叫びに、ティアとルナも庭先に出て空を見上げる。
屋根に降り立ったのは、真っ黒な翼を持つ三人の魔族の女性たち。眼光鋭く、マオを見据えていた。
「ま、魔王様!? まさか、その姿は……」
一人が震える声で問いかける。
「ふむ、久しいな。我が忠実なる側近、否、世話係どもよ」
マオは肩をすくめ、かつての威厳そのままに挨拶した。
「やっぱり世話係だったぁああああ!!!」
リュウの絶叫が、青空に高くこだました。