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第四十五話 罪を綴る筆

 焼け跡の記憶を胸に、言葉を封じた日々。

 ラウズ村が灰燼と化して以来、エルド・ノワールは一度も“魔法”という言葉を口にしなかった。詠唱も、魔導符式を書くこともせず、ただひたすらに机に向かい、古今東西の魔導理論を深く掘り下げていった。


「もう、二度と、自分の魔法で誰かを傷つけたくない」


 その誓いが、彼のすべての行動原理だった。


 ◆◆◆


 王立魔道院、王都中央にそびえる白亜の巨大建築。歴代の大魔導師たちの肖像画が並ぶ長い廊下を、十五歳のエルドは震える手で扉のノブを回し、その威厳ある門をくぐり抜けた。


 入学初日、彼の素性を知った学生や教授たちはざわめいた。

「詠唱せずに、杖も使わず、紙と筆だけで呪文を記す?」

「一体どんな魔導を学ぶつもりだ?」


 だが、エルドのスクロールは真価を見せる。驚異的な速度で符式を描き上げ、その精度は誰も侵せぬ領域に達していた。魔力流の制御図式を示すと、教授陣は息を呑み、助教授は震える声で告げる。


「君の理論……心臓の拍動に合わせて魔力の圧力を微調整することで、暴走率を0.3%も抑えられるのか?」

「はい。その微細な圧力差が、呪文の安定化を劇的に改善します」


「こ、こいつは……まさに天才だ……!!」


 やがて、研究室の前には助手や協力者が列をなし、“主席研究員”の肩書きを彼のもとへもたらした。


 だが、それはまた新たな過ちの始まりでもあった。

 エルドは封印された感情の奥底で、深い後悔と罪悪感を抱えたまま研究に没頭していく。やがて彼は、「感情と魔力の連動性」の解明を目指し禁術へと足を踏み入れた。

•感情増幅呪文:悲しみを力に変える回路

•魂の接続魔法:他者の心の一端を“借りてくる”儀式

•時間逆行陣:過去への干渉を試みる巨大な陣法


 教授や友人たちから何度も制止を受ける。

「エルド、やめなさい! あなたの研究は、もはや“理論”ではなく“執着”になっているわ!」

「僕には……やらなきゃならない理由があるんだ!」


 そして起きた。魔道院大爆発事件(通称・エルドショック)。

 研究棟が吹き飛び、夜空は三色に輝き、王都全域が一時的に魔力障害に包まれた。魔導書は灰となり、貴重な資料は瓦礫と化し、多くの無辜の民が混乱の渦に巻き込まれた。


 その責任を問われ、エルドは名誉剥奪、魔道院からの追放処分を受ける。


「お前の魔法は美しい。だが、それはもう“人のため”ではない」

 最期に彼を叱責したのは、いつも優しく導いてくれた師匠だった。その言葉は、エルドの胸に深く刺さり、何も言い返せなかった。


 自分でもわかっていた。魔法はもはや、“罪から逃げるための魔法”になっていたのだと。


 ◆◆◆


 追放の後、エルドは各地を転々とした。山間の研究施設、荒野の小さな集落、海辺の灯台、どこへ行っても、彼の名を聞く者はいなかった。失意と孤独の中、彼は自らの過ちを胸に刻み続けた。


 ある寒い夜、ある村の古びた図書館で、こんな噂を耳にした。

「書いたことが現実になるっていう“異世界の作家”がいるらしいぜ?」

「『筆の家』って店だ。畑の野菜が魔法並みに育つって噂だ」


 その名に、なぜか心がざわめいた。

“筆で生きる者の家”

 なんとなく、響きが懐かしかった。


 そして出会った、リュウたち。

 筆の家の扉をくぐると、リュウは淡々とひと言告げた。

「住んでけば?」


 リュウとルナは、何の詮索もなく彼を迎え入れ、気づけばスクロールは畑の作物育成に大活躍していた。


 誰もエルドに「魔法を使え」などとは言わなかった。

 誰も彼の過去を掘り返さなかった。

 ただ、“いまの彼”を見つめ、必要な場所で必要とされる存在として受け入れてくれたのだ。


 その夜、筆の家の裏庭。

 小さなランプの灯りが揺れる中、リュウとエルドは並んで腰掛けていた。静寂の中、リュウがそっと口を開く。


「なあ、エルド」

「……ん?」

「そろそろ、“使っても”いいんじゃないか?

 お前の魔法は、きっと誰かを守れる魔法だよ」


 エルドは深く息を吸い込み、瞳を閉じた。月明かりが彼の横顔をかすかに照らす。


 そして、小さく笑った。

「……そうだな。守るために使うなら……もう一度、つかってもいいかもしれない」


 リュウは彼の肩を軽く叩き、にんまりと笑う。

「お前は、筆の家の“魔法担当”だからな」

「肩書き、軽すぎない?」

「副業、爆発担当」

「やめて! マジで笑えないから!」


 筆の家に、小さな笑い声が戻った夜。

 エルドは胸に誓いを新たにした。


『罪の筆は、許されるためではなく、誰かを守るために走る。だから、今日もこの手で記す。二度と、誰も、焼かないように』


 罪を綴る筆その言葉が、漆黒の過去を照らし、新たな未来への一歩となった。

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