第42話 焼き味噌おにぎり、異世界グルメ戦線へ!そして訪れる“冷めても旨い衝撃”
厨房亭の奥。大きな鉄板の上で、塗りたくった味噌を纏ったおにぎりがじゅうっと焼かれている。溶けた味噌が香ばしく泡を吹き、炭火のはぜる音と混ざり合い、まるで小さな祝祭のような匂いを空気中に響かせた。
「ジュゥゥ……」
リュウはその光景を見つめる。口元を自然と歪め、唾液がにじむのに気づかないほど、脳内で熱々の味が再生されている。
「焼き味噌おにぎり……これぞ和食の暴力…!」
「リュウ、涎、垂れてるばい」
「すまん、脳が勝手に“あの味”を再生してた…!」
初日にして“焼き味噌おにぎり”は爆発的人気を呼んだ。厨房前のテーブルに立ち並ぶ冒険者や商人、行商人、旅人、王都の市井の者たちが、次々にその焼き立てを頬張る。
「……うっま…なにこれ、香ばしっ…!」
「味噌がじゅわっと染みて、米の甘みが一段と引き立ってる…!」
「これ、もう“完全食”じゃねぇか!? 持ち歩きながら戦えるぞ!」
「しかも冷めても美味しいんですけど!? 魔法か!? 味噌魔法か!?」
噂を聞きつけた商人までもが厨房亭に詰め寄り、「ぜひ商品化させてくれ!」と懇願し、王都中の行列は朝から夕暮れまで途切れなかった。
そんな興奮の最中、リュウのもとにまたしても“厄介な依頼”が舞い込む。
「リュウ殿、王宮より使者参上!」
「えっ…またなに?」
現れたのは、見覚えのある小さな貴族装束の少年、レオネル・アグナス・ディ・ルミア皇太子、通称レオ。十歳ながら王都のレストランを片っ端から食べ歩き、史上最年少のグルメハンターとして知られるお忍びの常連だ。
「今回は“冷めてもおいしい焼き味噌おにぎり”があるのだろう!? 城でも評判になっておる!」
レオの瞳が期待に輝く。王宮の内大臣からも「非常食として備蓄すべきだ」と真剣に検討が始まっているという。
「うわぁぁぁ! また国家事業にされるぅぅぅ!!」
リュウはひとまず卒倒しかけ、しかしその日の夕方、厨房の片隅で焼き味噌おにぎりを頬張るレオと、それをにこやかに見守るミランダの姿を目にし、少しだけ覚悟が固まった。
「……まあ、旨いもんな。そりゃ王族も夢中になるか…」
ルナが隣に腰掛け、おにぎりの一片を口に運びつつつぶやく。
「“冷めてもおいしい”って、ほんとすごいことやけんね。どこでも誰でも、食べられるっちゃ」
「……だな。これさえあれば、遠征先でも…」
リュウは視線を遠くの空へ泳がせた。
「冒険でも、旅でも、街角でも…どこにでも“ごはん”がある。それって、本当に幸せだろ?」
「……うん。スローライフはまた一歩遠のいたけど、そのぶん誰かの日常に寄り添えた気がする」
そしてその夜。厨房亭の扉が静かに軋み、エルドがひょっこり顔を出す。目の奥で小さく笑いながら言った。
「……ふふ。じゃあ次は、おにぎりの中に何か詰めてみようか……」
「……やっぱり、おにぎりは罪深い食べ物だな…」
筆の家、異世界おにぎり戦線編は、この“冷めても旨い”革命とともに、まだまだ拡大中である。
◆◆◆
朝の厨房亭には、いつもの賑わいとは異なる厳かな空気が漂っていた。鉄扉の向こうには王宮からの要人たちが列を成し、調理場のスタッフは皆、固唾を呑んでその時を待っている。
「リュウさん……マジで来ちゃったよ、国王陛下……!」
フィナは青ざめ、モモはあまりの緊張に塩をむんずと握りしめていた。
「塩、多っ!? それもうおにぎりじゃなくて岩だよ!」
その言葉にも気づかぬほど、厨房の中央テーブルには威厳に満ちた一団が腰掛けている。主賓は、漆黒のマントに金糸の刺繍を施したルミアステラ国王陛下。本日のお忍びではなく、公式行事としてのご来訪だ。
「これが、例の“焼き味噌おにぎり”か……」
国王は静かに頷き、整った指先でそっとおにぎりを掴む。
「はい……お手を煩わせず、こちらでどうぞ」
リュウは震える手で、炭火の熱を帯びた焼き味噌おにぎりを両手で差し出した。
国王は一瞥ののち、ゆっくりと口元へ運ぶ。そしてひと口。
「……」
時間が止まったようだった。厨房中の息遣いが一瞬で消え、鉄板のパチパチという音だけが静かに響く。
「……ほう」
「ほ、ほう!?」
スタッフたちが思わず声を漏らす。
「香ばしさ、米の甘み、味噌の深み……これは……旨い!!」
国王陛下の眼差しに喜びが宿る。
「リュウ、よくぞ作ってくれた!」
「いや、はい、ありがとうございます……!」
「この味、万人の腹を満たす。旅人も兵士も、そして王でさえ例外ではない」
国王は重厚な声で宣言した。
「よって正式に王命とする。“筆の家製おにぎり”を、王国標準非常食とする!」
「ひょえぇぇぇぇぇぇ!!」
リュウは思わず後ずさりし、モモも思わず椅子から転げ落ちそうになるほど驚いた。
◆◆◆
こうして“焼き味噌おにぎり”は、王国の公式携帯食として採用されることとなった。軍部は大量の保存用おにぎりを定期発注し、城内備蓄庫には米俵が積み上げられる。街の人々は「王が食べた飯」として大行列を作り、支店前には連日、米俵と味噌玉の予約が殺到した。
◆◆◆
閉店後。ログハウス前のハンモックに腰かけ、夕闇に包まれたリュウは呟く。
「……なぁルナ……俺、やっぱスローライフって縁遠いよね?」
「なに言いよると。リュウのおにぎりは、ちゃんとスローで、あったかくて、みんなを笑顔にしとるやん」
ルナは優しく微笑んだ。
「……そっか……」
リュウはハンモックの揺れに身を任せ、静かに目を閉じる。
「でもやっぱ、ハンモックで寝たいぃぃぃぃ!!!」
思わず絶叫し、夜空に向けて拳を振り上げた。
「今日は無理ばい!」
ルナが笑いながらハンモックを揺らす。
こうして、異世界に“米の革命”が起きた。
その始まりは、小さな一粒の塩むすびから。
筆の家の物語は、まだまだ続く。
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