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第4話 チートの代償、そして時空崩壊の幕が上がる

 王都大講堂の巨大な扉をくぐった瞬間、想像を超えた豪奢な光景が広がっていた。天井からは幾重にも巨大なシャンデリアが吊り下がり、無数のガラス細工がまるで星屑のようにきらめいている。

 その光は壁面に埋め込まれた宝石装飾に反射し、まぶしいばかりの輝きを放っていた。中央には神秘的に宙に浮かぶ巨大な水晶が鈍く光り、その周囲を、高貴な貴族たちが優雅にワイングラスを傾けながら行き交っている。

 

「文芸祭って言っても、思ったよりずっと……本格的な社交パーティーだな」

 

 あまりの人族の多さに、ルナの小さな肩が緊張でぷるぷる震える。猫耳をぴくりと後ろに伏せ、彼女のお気に入りのショールがふわりと揺れた。その金色の瞳には、戸惑いと、ほんのわずかな怯えが宿っていた。

 

「大丈夫、大丈夫だって! 俺の原稿一撃で、この場をひっくり返してやるよ!」

 

 俺は胸を張って笑顔を作ってみせた。だが、その胸の内は、期待と不安がせめぎ合っている。なぜなら今回、俺が披露するのは、これまでの“書けば現実化”を超える、究極中の究極チート。すなわち、既に起きた過去の現象を執筆によって現在の状況を変えてしまう、いわば禁忌の行為だ。俺はその力を、今ここで試してみようと思った。

 

 心の奥で震えるペン先を落ち着かせ、集中してノートにゆっくりと書き込む。万年筆のペン先が、真新しい紙の上を滑る音だけが、やけに鮮明に耳に響いた。

 

《魔王軍は完全に滅亡し、その残党たちは存在しなかった。王国は永遠の平和を享受し、かつての脅威は過去の幻と化す》

 

「これで魔王軍の残党どころか、元から魔王軍が現在存在しないことにした。」

 

 だが、書き終えた瞬間、会場全体が地響きを伴ってざわめいた。ゴゴゴゴゴ……!という不気味な唸り声が、床の底から響き渡る。

 

 重厚な玉座の背後を支える柱が大きく揺れ、床タイルの模様がにじむように歪んでいく。貴族たちの笑い声や談笑がひとり、またひとりと消え、辺りには不穏なざわめきが広がる。ワイングラスが倒れ、誰もが何事かと理解できないまま、得体の知れない緊張が走った。

 

「な、なにごとっ!?」

「あっ、あそこ見てっ!」

「ぎゃあああっ! 天井が裂けてるぅーっ!」

 

 一斉に仰ぎ見ると、中央に浮かぶ巨大な水晶が、けたたましい音を立てて豪快に砕け散り、その破片が宙を舞いながら霧散していく。天井一面に走った亀裂は、まるで次元の裂け目のよう。そこから黒い霧がじわじわと染み出し、瞬く間に視界を覆い尽くした。

 

「な、なんだあれは……!?」

 

 メインステージを取り囲んでいた警備隊も、突然の事態に驚愕のあまり足を止め、高貴な貴族たちも戸惑いの声を上げ始める。やがて、霧の向こうからその正体が明らかになった。

 甲冑に身を包み、肩には不気味な魔王の紋章を刻んだ魔族たちが、青白い炎をまといながらぞろぞろと列をなし、床に足をつける。彼らはかつて“完全消滅”したはずの、幻の魔王軍残党、いや、それ以上の存在感を放っていた。

 

「幻の魔王軍残党だと……!? 書き換えたはずなのに、どうして現れるんだっ!?」

 

 慌てふためく俺をよそに、ルナが鋭い眼差しで辺りを見渡しながら叫んだ。その猫耳は、不安げにぴくぴくと動いている。

 

「リュウ、何書いたと!? ってか、なんで現れると!?」

 

「……“消した”んだよ。魔王軍の存在そのものを。なのに、まるで逆召喚みたいに出てきやがった!」

 

 恐る恐る手元を見ると、ペン先のインクがひどく揺れている。恐怖と動揺で、俺の手は微かに震えていた。こんな現象は、これまで一度も経験したことがない。

 

「こんなはずじゃ……!」

 

 その瞬間、最前列にいた魔族の一体が低い唸り声を上げ、ルナに襲いかかった。獲物を見つけた猛獣のような獰猛な眼差しだ。

 

「危ない、ルナっ!!」

 

 俺の叫びに応えるように、ルナはしなやかな猫脚で身を翻し、短刀を閃かせる。しかし、魔族の甲冑は硬く、彼女の一撃は派手な金属音を立てて弾かれてしまった。

 

「うわっ……!」

 

 その直後、俺の脳裏に最後の切り札が閃く。もう、これしかない。慌ててノートを開き、叫びながらペンを走らせた。

 

《『結界展開:物語の守護者』龍介の物語によって守られし者は、いかなる脅威も跳ね返す結界に包まれる》

 

(ルナのことは、絶対に守ってみせる)

 

 文字が光を帯び、空間に幾何学模様の魔法陣が浮かび上がる。結界は虹色のベールとなってルナを始めとした人々を包み込み、その結界は彼らを無敵の守護者と化した。

 

「……ありがと、助かったばい……!」

 

 ルナが震える声で感謝する。だが、魔族たちは、燃え盛る炎を揺らめかせながら、その結界を粉砕しようと一斉に飛びかかる。彼らの執拗な攻撃に、結界がミシミシと音を立てる。

 

「くっ……! 待ってくれ、この結界には俺の想いが込められて──!!」

 

 しかし、その言葉を最後に、俺は異変に気づいた。次のチート能力を使おうとしても、ペンがどうしても動かない。まるで、手から力が抜け落ちたかのように。

 

「なっ……?」

 

 手首を何度も揺さぶるが、まるで身体の一部が硬直したかのように、言葉が思い浮かばない。ノートの白紙を見つめても、文字は一文字も生まれてこない。脳内は真っ白で、まるで電源が落ちたかのように思考が停止している。

 

「イップス? スランプ? バカなっ!」

 

「リュウ!? 書かんとまずかばい!!」

 

 ルナの叫びにも、胸の奥で何かが冷たく囁く。それは、俺自身の声だった。

 

『お前は、本当にこの物語の“主”でいられるのか?』

 

 書くことができない──それはまさに、禁忌に手を出したチートの代償。

 

 “既成事実を書き換える”という禁忌に触れた代償として、俺の創作エネルギーは完全に枯渇し、しばし筆を動かすことすら許されない状態に陥っていたのだ。

 

「くそっ……こんなところで……!」

 

 焦燥と無力感が胸を締めつける。時空の裂け目から次々と迫る魔族の影、その脅威が、今まさに大講堂を飲み込まんとしていた。立ち向かおうとする城の兵士たち、街で騒ぎを聞きつけた冒険者たちも、果敢に応戦に参加していた。しかし、魔族の数は増え続けている。

 

 闇が支配する寸前、俺の心の奥底に、まだ消えぬ作家魂の炎がともる。

 

 まだ、俺は諦めない。

 限界を超えたその先に、真のチートが待ち受けていると信じて。

 

 数時間前まで歓声に満ちていた王都大講堂の内側は、もはや祭典というより、異界と繋がった巨大な亜空間と化していた。天井の高みから吊るされた水晶の灯りが一滴のように零れ落ち、壁面に刻まれた紋章が溶けるように輝いている。だがその華やぎを切り裂くように、暗い亀裂が空間を裂き、無数の魔族の影が蠢いていた。

 

「リュウ、あんた、今は休んどき! うちは、あんたの結界があるし、まだ動けるけん!」

 

 ルナの叫びが耳をつんざく。血に濡れたショールが風に翻り、彼女の瞳には決意が燃えていた。傷だらけの身体を引きずりながら、前へと踏み出すその姿は、まさに“守護者”そのものだった。彼女の瞳には、俺に対する揺るがぬ信頼と、仲間を守るという覚悟が宿っていた。

 

「バカ言うなよ! お前まで倒れたら、誰が俺を蹴っ飛ばしてくれるんだよ!」

 

 軽口を言いながらも、俺の声は震えていた。笑い飛ばせる余裕など、もうどこにもない。

 ペンが動かない。文章が浮かばない。

 それは、文字通りの無力。俺はかつてない恐怖に襲われていた。

 

『……お前の力は“物語”そのものだ。書けなければ、ただのおっさんだろう?』

 

 また、頭の奥で、俺自身の声が囁いた気がした。試されている。まるで、運命が俺を問うているようだった。

 

 だがその瞬間、ルナがぴたりと足を止め、鋭く目を見開く。何かに気づいたような、閃きの表情だった。

 

「リュウ! あの怪文書、まだ覚えとるやろ?」

 

「……ああ、文芸祭の前に街中にばらまかれてたやつか」

 

「そう。それに書かれてた紋章と、今の魔族の甲冑に付いてた紋章は……同じやつばい!」

 

 凛とした声が、俺の思考を揺さぶる。怪文書“魔王軍過激派”の文言をばらまいたのは、つまりこの場に彼らを招くための罠だったのか。

 

「つまり……黒幕は“文芸祭”を利用して、魔王軍を呼び戻そうとしてた?そして各国の要人を亡き者にしようとした?」

 

「たぶん、その裏で誰かが動いとったとよ……この国の有力者が……」

 

 その時、背後から低い笑い声がした。振り返ると、王国大臣クレイドが魔族の中を割って、ゆっくりと歩み寄ってくる。彼の仕立ての良いスーツには、例の黒い紋章が金糸で織り込まれ、鈍く光っていた。背筋を這う冷気と、狂気すら感じさせる執着の眼差しが、俺たちを射抜く。その手には、まだ乾ききらないインクの染みついた怪文書が握られていた。

 

「鋭いですね、まさかあなた方に気づかれるとは思いませんでした。」

 

 クレイドは、まるで自慢するように、その怪文書をひらひらと揺らした。

「我が王国には、“真の物語”が必要なのです。美しく、強く、そして恐れられる“魔王という存在”こそが、その核心を成すのだとね」

 

「あんたが、怪文書の作者か」

 

「ええ。しかし、あなたの“筆の力”は想像以上でした。ですが、これ以上計画の手綱を握られるわけにはいきませんね」

 

 クレイドは嘲笑うように言い放ち、そのまま両手を広げると、魔王軍が呼応し、会場中の亀裂がさらに広がり、溢れ出す魔族の数が増えていく。その姿は、まるで悪夢が現実になったかのようだった。

 

「くそ……こんなところで……!」

 

 ルナが飛び出し、クレイドに鋭く切りかかる。だが、魔族がまるで意思を持った壁のように一斉にクレイドを庇い、ルナの刃は甲冑に弾かれ、派手な火花を散らして彼女は後退した。その身体はすでに傷だらけだ。

 

「リュウ、書かんと……まずかばい!」

 

 血に濡れた唇から声を絞り出すルナ。その瞳は、リュウに対する揺るがぬ信頼と覚悟で輝いていた。

 

「だ、だめだ……言葉が、浮かばない……!」

 

 ペン先は固まり、心は凍りつく。絶望の淵で、俺は問いかけられた。

 

『お前は本当に、“物語の主”でいる覚悟があるのか?』

 

 その問いに迷いかけた瞬間、どこからともなく一筋の閃光が差し込んだ。視線を上げると、場の片隅に見慣れぬ青年の姿があった。エルド・マクシミリアンだ。彼の瞳は、知性と情熱に満ち溢れている。

 

「書くなら、これを使ってください! 僕が作った魔法文脈強化済みの“超魔導紙”です!」

 

 彼が差し出すのは、淡い蒼の紋様が浮かぶ一枚の羊皮紙。まるで生命を宿しているかのように、静かに脈打っている。その紙からは、微かに魔力の波動が感じられた。

 

「お前は……?」

 

「私はエルド・マクシミリアン。魔法学者です。商人のロブ・ロイに聞きました。あなたの筆の力に惚れ込み、文芸祭招待状を送ったのも僕です! どうか、この紙にあなたの物語を書いてください!」

 

 その真剣な瞳に、俺の心の氷がゆっくりと溶けていく。ルナが小さく息を呑み、背後で祈るように手を組む。彼女の視線が、俺の手に握られたペンと、エルドの差し出す超魔導紙を交互に見つめている。

 

「書いて……リュウ……」

 

 俺はペンを握り直し、震える手で超魔導紙を押さえた。エルドの言葉、ルナの信頼、そして自分自身の作家魂。全てを込めるように、読み上げるように声を重ねながら、力強く文字を刻む。

 

《魔王軍残党は、かつて王国に忠誠を誓った“平和の守護者”であった。邪悪な呪縛に囚われた末、一時的に敵とされたに過ぎない。今、その真実が解かれ、彼らは再び光を取り戻す。守るべき世界のために、平和のために》

 

 書き終えた瞬間、超魔導紙から眩い光が溢れ、場内を包み込む。黒い霧が風のように引き裂かれ、魔族たちの甲冑はガラリと変化を始めた。砕けた鎧の破片が消え、代わりにかつての騎士団の紋章が胸に鮮やかに浮かび上がる。彼らの眼差しから狂気が消え去り、澄んだ光が宿る。

 

「……ありがとう、物語の書き手よ……」

 

 一体の魔族が静かに跪き、その身にかつての勇士としての面影を取り戻した。続く者たちも同じように姿を変え、残虐の影を脱ぎ捨てていった。

 

 闇は光に取って代わられ、時空の亀裂はするすると織り戻される。大広間は再び元の姿に戻り、穏やかな静寂と、やがて大きな拍手が広がった。

 

 幸いにも、その場にいた人々は、リュウの結界に守られ、誰一人として死者を出すことはなかった。

 

 数時間後、王国文芸祭は何事もなかったかのように、感動の大団円を迎えていた。観客は何が起きたのか分からぬまま、ただ目の前の光景に魅了され、湧き上がる喝采を送る。エルドは涙をこぼしながら俺に抱きつき、ルナは「信じとったよ!」と満面の笑みを浮かべて俺を見つめる。その瞳には、安堵と誇らしさがにじんでいた。

 

 俺は静かにノートを閉じ、その重みを手のひらで確かめた。そこに刻まれた筆跡は、以前よりも太く、そして凛とした力強さを帯びていた。

 

 覚悟の重み、責任の厚み、それらが、一本一本の線に宿っている。チートの代償は大きかったが、それを乗り越えたことで、俺の「筆の力」は、より確かなものになった気がした。

 

「リュウ、書き終わったの?」

 

 ルナがふいに呟く。俺は微笑みを返し、次のページを指でめくった。まだ真っ白なページが、無限の可能性を秘めている。

 

「ああ、まだ、始まったばかりさ」

 

 ペンを再び握り締める。その指には、かつてないほどの力が宿っていた。

 

「次はどんな物語を書こうか。俺たちの異世界は、まだまだ終わらない。」

 

 ルナがくすりと笑い、エルドが隣で興奮を抑えきれずに飛び跳ねる。王都の空には、まだ祭りの余韻が漂っていた。

 こうして、新たな冒険へと誘うページが、静かに、しかし確実に刻まれていくのだった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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