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第39話 限界突破!スローライフ崩壊宣言

 スローライフはどこだぁぁぁぁぁぁ!!


 発酵食品倉庫の奥深く。その広間の中心で、原稿紙を握りつぶさんばかりに筆を振り回し、叫びをあげる男がひとりいた。


 ……そう、俺だ。茶川龍介ちゃがわ・りゅうすけ、通称リュウ。

 この異世界に転移して以来、“書いたことが現実になる”というチート能力だけを頼りに、静かで穏やかなスローライフを夢見ていたはずだった。


 なのに今、俺は汗だくで、果てしなく執筆地獄に追い込まれている。

 その原因は一つ、いや一皿、あの「味噌玉」だ。


 筆の家ブランドの看板商品、三度の飯より売れ行き絶好調。

 王都支店での対面販売、厨房亭での調理提供、さらに王宮と軍への大量納品。

 このすべての味噌と醤油を、俺が“原稿に書いて”生み出しているという現実。


「これ、無理なやつ! 挫折確定! 執筆ブラック! むしろ“ブラック味噌”だこれぇぇぇ!」


 床一面に散らばる未完の原稿用紙。乾ききらぬ木樽が並ぶ棚。

 そして、魂の抜けたような俺の顔面。


 そんな阿鼻叫喚を尻目に、トコトコと足音が近づいてくる。


「なに騒ぎよると? 味噌樽の山に埋もれて喜んどる変な趣味かと思ったばい」


 ルナ・フェンリル・ガルドリオン、我が家の猫耳姫にして、冷静かつ鋭いツッコミ担当だ。


「違う! 喜んでねぇ! もう……限界なんだよ!!」


 俺は壁に背を預け、膝を抱え込んだ。

 ルナは片手を腰に当て、眉間にしわを寄せる。


「じゃあどげんすっと?」


 その問いに、俺はしばらく虚空を見つめたあと、


「決まってるだろ……執筆じゃなくて、本当に“作る”んだよ、味噌を!人手を雇って、本気で量産するんだ!」


 というわけで、リュウの“スローライフ完全崩壊計画”が、今まさに始動した。


 ◆◆◆


 まずは大豆畑。畑さえできれば、味噌の素材は自給自足。

もちろん、執筆で一気にやってしまう。


「《畑一面に大豆が豊作で実っている。半分はまだ緑色の枝豆、残りは茶色く熟した大豆として、見事に揺れている》……よし、できた!」


 眼前に広がったのは、緑と茶色が織りなす大地のシンフォニー。

 ぷっくりとした枝豆が枝に張り付き、隣では風にそよぐ茶色の大豆が音もなく実を揺らしている。


「うわ……つい枝豆も育てちまったぞ……いや、これは事故だ、不可抗力だ!

 どうしても、つまみ食いしたくなるんだよね、枝豆って……」


 言い訳を呟きながら、俺はその畑を背にハンモックを倒れ込んだ。


「ちょっとだけ……寝る……」


 そのまま風に揺られる心地よさに勝てるわけもなく、俺はハンモックの上でうつらうつらと眠りに落ちていった。


 ◆◆◆


 数時間後。


「……リュウ、あんたまた外で倒れて寝とったばい……」


「……ここは……ハンモック……じゃない……地面……?」


 目の前には心配そうにのぞき込むルナの顔。そして背後から再び賑やかな声が聞こえてきた。


「リュウ、木の伐採もはよ頼むよー。私、丸太削るの得意なんだからね!」


 のこぎりを手に笑いかけるのは、ミランダさん。

 《一番頼れる=一番働かされる》料理長だ。


「……は、はい……」


 とりあえず、ログハウス裏の森林を伐採し、味噌製造工場候補地を確保することにした。


「《ログハウス裏の森林を、サッカーグラウンド5面分伐採し、きれいな丸太に整えて一ヶ所に積み上げる》」


 ボシュン!


 ドゴォォォン!


 目の前から森が忽然と消え去り、その跡地にそびえ立つのは丸太の山、

 まさに一瞬のうちに、働いた。


「うわっ!? ……ま、またやっちまった……」


 丸太の山を前に、俺は達成感と脱力感に包まれた。


「こりゃあ、働いたぁぁ……おら、働いたよぉ……」


 そのまま、リュウはハンモックに吸い込まれるように再び気絶した。


 ◆◆◆

 

 翌朝。

 淡い夜明けの光が、ログハウス裏の丸太の塔を黄金色に染めていた。リュウは眠気まなこで起き上がり、目の前にそびえる丸太の山を見上げる。


「伐採するだけして、その後どうするか、何も考えてなかったぁ……」


 地に積まれた切り株と丸太の無造作さに、思わず大きくため息をつく。そんな彼を見つめる、静かな気配。


「リュウさん。もし木桶に加工するつもりなら、乾燥と加工に熟練の技術が必要ですよ?」


 振り返るとそこにいたのは、白銀の髪を夜露のように束ねたエルフ、ティア・リュミエール。実年齢200歳を超えるが、見た目は幼い少女そのもの。だがその眼差しには、森の奥深くを見通す賢者の風格が宿っている。


「おお、ティア! まさに今そのことで詰まってたんだ。すまん、任せてもいいか?」

「はい。森の南端に、とびきり腕のいい木工職人がおります。丸太を運ぶついでに、“木樽加工”を依頼しておきますね」

「天使かな?」

「私はエルフです。天使じゃありません。それと、あとで枝豆はよこしなさい」

「了解っ!」


 ティアの魔法で丸太はそっと宙に浮かび、運搬用ゴーレムの背に積み込まれる。数ヶ月後には、味噌製造に最適な木樽として、見事に仕上がって戻ってくるはずだ。


 ◆◆◆


「さて……次は味噌製造工場本体かぁ……」


 リュウは、倉庫で埃を落とした原稿帳を再び開いた。墨の香りがほのかに鼻をかすめる。


《ログハウス裏手、伐採済みの平地に、発酵室・洗浄区・熟成室・管理棟のすべてを備えた“味噌製造工場”が完成する》


 ぴたりと筆を置くと、ズドォンッと大地を揺るがすような重低音。次の瞬間には、目の前に威風堂々とそびえる工場が出現した。石造りの基礎に木造の上屋、煙突からは淡い蒸気が立ち上る。


「うおお……す、すごい……こんな大がかりな施設、まるで王都の公社みたいだ……」

「これくらいは必要たい。今後“味噌だけ”じゃ収まらんばい。次は“発酵調味料シリーズ”が控えとるっちゃろ?」

ルナが胸を張り、頼もしげに言う。

「げっ、バレてる……」

「最初から見え見えやった!」


 ◆◆◆


 午後。リュウは新たな構想に取りかかる。


「……工場ができたなら、次は“人”だな。雇うにも住まい必要だし……」


 原稿を開き、呼吸を整える。


《味噌工場に隣接する土地に、住み込み可能な従業員寮を建設。30人が快適に暮らせる居住区、浴場、食堂、共有スペース完備》


 バフッと軽やかな爆発音とともに、三階建ての寮がポンと建ち上がる。白い壁に赤い屋根、花壇には早速野菜の苗が並ぶ。廊下には柔らかなランプが灯り、窓からは心地よい風が通り抜ける。


「……なんだこれ。俺、なんか王様みたいになってない?」

「リュウ、次は“求人張り出し”ね〜」

 フィナとモモが支店の掲示板にチラシをペタリと貼り付けた。


「“味噌工場で一緒に発酵しませんか?”ってキャッチコピーどう?」

「いや、発酵は人間のカラダで起こったら絶対ヤバいから!」


 ◆◆◆


 夜。ログハウスに戻ったリュウは、ぐったりしながらハンモックに沈み込む。


「働いたぁぁ……でも、これで味噌は安定の量産体制……!」


 胸に抱えたのは、微かな充実感と、次の野望への小さな火種。

「これで少しは……俺のスローライフが戻ってくる……はず……」


 そのとき、風に乗って開いた扉の向こうからエルドの声が響く。


「リュウくーん、味噌工場に女の子の応募者来てない〜? 工場見学って言って“一緒に発酵のロマン”を語り合いたいんだけど〜」


「今すぐ戻って寝てろ、発酵変態めぇぇ!!」


 今日も、筆の家は元気に発酵していた。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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