表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/80

第34話 噂はめぐり、味噌は広がる

 冒険者ギルド「筋肉と酒の情報屋」

 扉の鈴が鳴り、いつもの酒とジョークが飛び交う大広間に、噂が火花を散らすように広がっていた。鍋を囲む冒険者たちが酒を傾けつつ、こぞって杯を掲げる。


「なぁ、聞いたか? 筆の家の味噌玉ってやつ……」

「おぅよ。一発で疲れが吹っ飛ぶ。飲んだ直後、オーガ三匹相手でも余裕でパンチかませたぜ」

「お湯に味が、しっかりするんだよ! あれは革命だ!」

「“旅路に味噌あり”……うちのパーティの座右の銘に加えたわ!」


 あっという間に広がる冒険者界隈での味噌玉人気。

 冒険者たちの笑い声と感嘆が、夜のギルドを活気づける。  王都の裏路地では、味噌玉用の特製魚節「マカツオ」を評価する即席品評会が開かれ、筆の家の店先には長蛇の列ができはじめていた。


 そしてその噂は、ついに、王宮に届いてしまった。


「ミランダ、最近筆の家が評判の“味噌玉”というものを、一度味わいたいのだが?」

「はいはい、レオ殿下あれはうちの厨房亭でも提供しております。原材料の手配も、私が……」

「なんと、筆の家依存が止まらぬのう」

「国中を中毒にしてしまいましたね」


 レオは嬉しそうに頷きながら続ける。


「その味噌玉、いったいどうやって作るのだ?」


 ミランダの顔が一瞬、青ざめる。厨房奥の倉庫、木樽に立ち込める発酵香の秘密を語るわけにはいかない。


「……それは、私とリュウくんの“企業秘密”ということで!」

「ずるいのう!!」


 その頃筆の家王都支店では

「味噌玉が、野菜よりも売れてるんですけど!?」

「ええええええ!? うち、野菜屋ですよね!? リュウさん!?」


 リュウはにこりと笑い、倉庫の扉を背に腕組みする。


「どんまい。今週は味噌屋で行こうぜ。それから、“魔王専用味噌”ってブランドでマオにも売り込む」

「やめろぉお! カオスが加速するうぅぅ!」


 湯気の立つ味噌汁をすすりながら、マオが低くうなずく。


「これは……世のすべての者に飲んでほしい味だ。よし、正式に臣民へ勧めるぞ」

「ダメです! 宣伝しないで! 変な魔王マークつけないで!!」


 騒がしさと笑いの絶えない筆の家

 その活気の中、ルナがぽつりとつぶやいた。


「リュウって、スローライフとか言いよるわりに、商魂たくましすぎん?」

「否定できない……」

 フィナは遠い目をしつつ、在庫帳の記入を続けた。


 味噌玉の噂は、あっという間に王都を駆け巡り、新たな伝説となっていくのであった。


 ◆◆◆

 

 いつもながら涼しい顔をした内大臣が、筆の家王都支店の奥へやってくる。

 麦茶をすすりながら、リュウは内大臣の涼しい声を背中で受け止めた。


「リュウ様、王宮より通達です」

「なになに? まさか……まさか……」

「的中です。“筆の家特製味噌玉”、王宮軍備局の半永久保存食として正式採用の希望が出ております」


 リュウの胸に悪寒が走る。

「来たーーー!! いや、来なくてよかったーーー!!!」


 内大臣は淡々と続けた。

「初期納品数、千個からスタート。その後の試食次第で万単位の発注が見込まれます」

「万て!!? 俺、筆で書いてるだけの一般市民だよ!? 味噌屋じゃないの!!?」


 リュウは厨房の壁に額を打ちつけ、脱力した。


 ◆◆◆


 その数分後、筆の家本拠ログハウスでは


「で、執筆で味噌樽千個を生成したら、庭が樽だらけになりました」

「馬鹿やろうリュウ!! 景観が! 景観があああっ!!」

「書き終えた反動で視界がグルグルしてるんだけど……俺、もう二度と筆持てない気がする……」

「おい、まさかここから逃げる気か?」

「ちょっとマジで引きこもりてぇ……ハンモック返して……」


 ルナが味噌玉を箸でつつきながら怒鳴る。

「許さんけんね!? 味噌玉は私が考案したって噂まで出とるとよ! 今さら逃げられんばい!」


 その横でマオが湯呑みを構え、王族らしく静かにうなずいた。

「ふむ……この“味噌”なるもの、非常に深い……味の次元が異なる……!」

「違うのよ、マオ君。それは“発酵”っていう人類の叡智なの!」


「うるさい、エルドは味噌の沼に浸かってろ!」

 

 フィナとモモは在庫管理とラッピングに追われ手いっぱい。


「ラミナ、こっちに“夜戦用辛口味噌玉”を補充して!」

「セリス姉、“お子様味噌玉”も足りないです!」


 筆の家は今、かつてない“発酵戦争”の最前線にいた。


 ◆◆◆


 そして数日後。

「……気づけば、味噌の覇権を握っていた」

 ログハウスのハンモックに沈み込み、リュウは天を仰いでつぶやく。


 王都中のギルド、軍、貴族、料理人。

 あらゆる階層が「健康・美味・腹持ち良し」の三拍子を揃えた万能食“味噌玉”を手放せなくなっていた。


「いや、もう俺、引きこもっていい? 本当にいい?」

 手には湯気立つ味噌汁入りの湯呑み。


 そして庭には、新たな味噌玉専用倉庫が堂々竣工していた。もちろん、リュウの執筆で。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

いいね、ハート、応援、コメント、ブックマーク等貰えると凄く嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ