第34話 噂はめぐり、味噌は広がる
冒険者ギルド「筋肉と酒の情報屋」
扉の鈴が鳴り、いつもの酒とジョークが飛び交う大広間に、噂が火花を散らすように広がっていた。鍋を囲む冒険者たちが酒を傾けつつ、こぞって杯を掲げる。
「なぁ、聞いたか? 筆の家の味噌玉ってやつ……」
「おぅよ。一発で疲れが吹っ飛ぶ。飲んだ直後、オーガ三匹相手でも余裕でパンチかませたぜ」
「お湯に味が、しっかりするんだよ! あれは革命だ!」
「“旅路に味噌あり”……うちのパーティの座右の銘に加えたわ!」
あっという間に広がる冒険者界隈での味噌玉人気。
冒険者たちの笑い声と感嘆が、夜のギルドを活気づける。 王都の裏路地では、味噌玉用の特製魚節「マカツオ」を評価する即席品評会が開かれ、筆の家の店先には長蛇の列ができはじめていた。
そしてその噂は、ついに、王宮に届いてしまった。
「ミランダ、最近筆の家が評判の“味噌玉”というものを、一度味わいたいのだが?」
「はいはい、レオ殿下あれはうちの厨房亭でも提供しております。原材料の手配も、私が……」
「なんと、筆の家依存が止まらぬのう」
「国中を中毒にしてしまいましたね」
レオは嬉しそうに頷きながら続ける。
「その味噌玉、いったいどうやって作るのだ?」
ミランダの顔が一瞬、青ざめる。厨房奥の倉庫、木樽に立ち込める発酵香の秘密を語るわけにはいかない。
「……それは、私とリュウくんの“企業秘密”ということで!」
「ずるいのう!!」
その頃筆の家王都支店では
「味噌玉が、野菜よりも売れてるんですけど!?」
「ええええええ!? うち、野菜屋ですよね!? リュウさん!?」
リュウはにこりと笑い、倉庫の扉を背に腕組みする。
「どんまい。今週は味噌屋で行こうぜ。それから、“魔王専用味噌”ってブランドでマオにも売り込む」
「やめろぉお! カオスが加速するうぅぅ!」
湯気の立つ味噌汁をすすりながら、マオが低くうなずく。
「これは……世のすべての者に飲んでほしい味だ。よし、正式に臣民へ勧めるぞ」
「ダメです! 宣伝しないで! 変な魔王マークつけないで!!」
騒がしさと笑いの絶えない筆の家
その活気の中、ルナがぽつりとつぶやいた。
「リュウって、スローライフとか言いよるわりに、商魂たくましすぎん?」
「否定できない……」
フィナは遠い目をしつつ、在庫帳の記入を続けた。
味噌玉の噂は、あっという間に王都を駆け巡り、新たな伝説となっていくのであった。
◆◆◆
いつもながら涼しい顔をした内大臣が、筆の家王都支店の奥へやってくる。
麦茶をすすりながら、リュウは内大臣の涼しい声を背中で受け止めた。
「リュウ様、王宮より通達です」
「なになに? まさか……まさか……」
「的中です。“筆の家特製味噌玉”、王宮軍備局の半永久保存食として正式採用の希望が出ております」
リュウの胸に悪寒が走る。
「来たーーー!! いや、来なくてよかったーーー!!!」
内大臣は淡々と続けた。
「初期納品数、千個からスタート。その後の試食次第で万単位の発注が見込まれます」
「万て!!? 俺、筆で書いてるだけの一般市民だよ!? 味噌屋じゃないの!!?」
リュウは厨房の壁に額を打ちつけ、脱力した。
◆◆◆
その数分後、筆の家本拠ログハウスでは
「で、執筆で味噌樽千個を生成したら、庭が樽だらけになりました」
「馬鹿やろうリュウ!! 景観が! 景観があああっ!!」
「書き終えた反動で視界がグルグルしてるんだけど……俺、もう二度と筆持てない気がする……」
「おい、まさかここから逃げる気か?」
「ちょっとマジで引きこもりてぇ……ハンモック返して……」
ルナが味噌玉を箸でつつきながら怒鳴る。
「許さんけんね!? 味噌玉は私が考案したって噂まで出とるとよ! 今さら逃げられんばい!」
その横でマオが湯呑みを構え、王族らしく静かにうなずいた。
「ふむ……この“味噌”なるもの、非常に深い……味の次元が異なる……!」
「違うのよ、マオ君。それは“発酵”っていう人類の叡智なの!」
「うるさい、エルドは味噌の沼に浸かってろ!」
フィナとモモは在庫管理とラッピングに追われ手いっぱい。
「ラミナ、こっちに“夜戦用辛口味噌玉”を補充して!」
「セリス姉、“お子様味噌玉”も足りないです!」
筆の家は今、かつてない“発酵戦争”の最前線にいた。
◆◆◆
そして数日後。
「……気づけば、味噌の覇権を握っていた」
ログハウスのハンモックに沈み込み、リュウは天を仰いでつぶやく。
王都中のギルド、軍、貴族、料理人。
あらゆる階層が「健康・美味・腹持ち良し」の三拍子を揃えた万能食“味噌玉”を手放せなくなっていた。
「いや、もう俺、引きこもっていい? 本当にいい?」
手には湯気立つ味噌汁入りの湯呑み。
そして庭には、新たな味噌玉専用倉庫が堂々竣工していた。もちろん、リュウの執筆で。
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