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第33話 遠征は、空腹との戦い

 石畳に残る夜露が太陽の光にきらめき、市場の通りはいつしか賑わいを増していた。荷馬車が軋む音、商人たちの威勢のいい呼び声、鍛冶屋の鉄敲きが遠くでリズムを刻む。噂では、「王都に来た冒険者の命綱を救う店」がある。その小さな希望に導かれ、多くの旅人がこの街へと足を運んでいた。


 扉を開けた瞬間、迎えたのは土と野菜の柔らかな香り。赤や黄、緑に色づく野菜が棚に美しく並び、店内は早朝の光と笑顔で満ちている。フィナとモモの姉妹は、常連客と軽やかな会話を交わしながら、野菜を次々と品出ししていく。


「このトマト、まるまるしててかわいい~! 魔物に見せたら仲間だと思って襲われそう」

「それは襲われるんじゃなくて、食べられるって言うんだよ、モモ」


 ふたりのやり取りが店内を和ませ、通りすがりの客も思わず立ち止まって微笑んでいく。


 そのとき、ガラリと扉が開く音が、和やかな空気を断ち切った。入ってきたのは、濃紺のマントを翻す冒険者パーティ、リーダーのガリックを先頭に、5人が一列に並んでいる。聞けば、彼らは「遠方の魔境まで日数を要する長期遠征」の帰路にあたり、噂を頼ってやって来たという。


 だが、その顔色は悪く、特に何人かは手で胃のあたりを押さえ、うっすらと冷や汗を浮かべていた。


「いらっしゃいませ……お、お疲れでしょうか?」

 フィナが心配そうに声をかける。


「いや、疲れじゃない。飽きたんだ、乾パンと干し肉に……!」

 ガリックの声は掠れ、喉の渇きと胃の重みに苦しんでいるのがひと目で分かる。


 詳しく話を聞くと

•保存が利く=味がない

•軽い=噛みごたえがない

•焼けば焦げる、煮れば溶ける

→ 結論:「全部まずい」


「遠征中の食事があまりに味気なく、魔物と戦う前に心が折れそうだ」

「せめて、温かくて優しい味の、おいしい汁物が欲しいんだ」


 切実な声に、フィナは言葉を失い、モモは視線を落とした。


「……うち、干し芋しか用意してないんです……」

「それはそれで、ありがたいんだけど……いや、違うんだ!」


 冒険者たちが俯き、空気が重くなる中、リュウは背後からひょいと現れ、静かに微笑んだ。


「これは……噂通りの展開かもしれないな。冒険者飯という、新たな市場の扉だ」

 ルナが驚き、ティアが眼鏡越しに解析する。


「どうやらリュウの“執筆スイッチ”が入ったようです」

「まったく、困った男だ」


 リュウは小さなノートを取り出し、万年筆を走らせる。そして低く呟いた。


「……味噌、だな」

「味噌……?」

「そう。戦国の兵士たちが、遠征の空腹と疲労を癒すために携えた“発酵の魔法”味噌玉。お湯を注ぐだけで、体と心を温める究極のスープさ」


一同がきょとんと見つめる中、リュウの筆は次の一文を刻んだ。


《濃厚でまろやかな塩味と、奥深い旨味が絡み合い、独特の香りが漂う、大豆を発酵して生まれた味噌が、木樽いっぱいに筆の家王都支店の倉庫で熟成されている》

 

 ビリッと空気が震え、奥の倉庫から香ばしい発酵香がふわりと広がった。


「うわ……クセはあるけど、なぜかお腹が鳴る感じがする……!」

「これが……発酵の力か!?」


 リュウは得意げに笑い、最後の執筆を終えた。


「さあ、ここからが本番だ。味噌玉、作るぞ」


 王都の朝は、こうして新たな挑戦と希望に包まれて始まった。


 ◆◆◆

 

 冒険者たちの切実な嘆きを聞きつけ、数時間後には味噌玉開発現場が整えられていた。大樽から濃厚な味噌をすくい上げるリュウの表情は、まるで錬金術師そのものだ。


「え〜っと、まずは……味噌を丸めるところからか?」

 リュウはそっと一口大に練られた味噌を丸めながら眉をひそめた。


「いや、これちょっと……香り強すぎない? お腹は空くけど、初見だと引きそうだな……」


 発酵が生む甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。


「発酵食品ってそういうとこあるよね。最初は“なにこれ腐ってる!?”って思うけど、慣れたらもう、手放せない」

 突然、エルド・マクシミリアンが現れ、好奇心全開で鼻をヒクヒクさせた。


「ちなみにこの味噌、成分的には“ロリ属性”とも非常に相性がいいと思うんだよね!」

「どこが!? なにが!? どういう理屈だよ!? あと空気読んで発酵してろ!」


「えっ、リュウくんがロリ味噌を……」「言ってねえよ!!」


 フィナとモモが「また来たよこの人……」と冷ややかにエルドを視線で追い払いながら、準備を進める。


 味噌玉作りは意外と繊細だった。

 味噌を丸めて、一口サイズに成形。そこに


「乾燥ネギ、干し豆腐、刻み魔界昆布、あと……粉末ダシ代わりに、あの焼き魚削って作ったアレ!」


「魔界鰹節ね! “マカツオ”って名前にしようよ!」


「やめろ、ちょっと強そうに聞こえるから!」

 

 フィナとリュウが顔を見合わせて苦笑い。


 こうして、いくつもの“即席味噌玉”が完成した。それぞれを和紙に包み、モモが「勇者のスープ」「魂の一滴」「帰郷の味」など、独創的なネーミングを筆で書き入れていく。


 数時間後、ガリックたち冒険者は、王都の噂に導かれて訪れた翌日からの開発にも関わらず、まだ顔色が戻りきらない。特に戦場帰りの戦士は、鎧の下で震えた城柵の記憶を押さえ込んでいるかのようだ。


「じゃあ、実食タイムだ」

 リュウが小さな木椀に味噌玉をぽとんと入れ、熱湯を勢いよく注いだ。

 

 湯気に乗って、懐かしさすら感じる深い発酵香が立ちのぼる。


「……これは……ただのお湯だったはずなのに……!」

 冒険者の鼻がぴくぴくと震え、唾を飲み込む音が静寂を破る。


「いただきます……!」


 ゴクッ。

 一口啜った瞬間、全員の表情がぱっと明るくなった。


「う……うまい……!?」

「嘘だろ……これ、魔法より癒される……!」

「心が、帰ってきた……この味噌汁が、俺の故郷だ……!」


 涙を浮かべ、器を両手で抱えてうっとりする戦士、震える手で椀を掲げる魔術師。乾ききった喉に、「温かい優しさ」が一気に染み渡ったのだ。


 その光景を見つめるモモが、そっとリュウに囁いた。

「ねえリュウさん、これ……お店で売ったら?」

「売る。即刻ラインナップ入りだ」

「さすが欲のかたまり!」

「それ、褒めてる?」


 こうして、“筆の家特製・冒険者用味噌玉”は爆誕し、ギルド御用達の大ヒット商品となるのだった。


 ただし、後日フィナがこっそり仕込んだ「エルド封印味噌玉(超激辛ver.)」の存在を、エルド本人はまだ知らない……。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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