第28話 翼の魔族、お世話モード突入
リュウはハンモックをひっくり返しながら、倒れたハンモックに腰掛け、ぽかんと上を仰いだ。空から降り立ったのは、黒い翼を翻す三人の女性魔族、マオのかつての側近たちである。
「……えっ、誰? 新手? 敵? あと顔が良すぎる」
リュウの視線は美しさと冷徹さを併せ持つ三人に釘付けだ。
見た目は全員、美人。
だが、その雰囲気は「戦闘要員」ではなく、まるで「子どもを迎えに来たお母さん」そのものだった。
マオの隣にそろりと降り立った三人は、一斉に涙目で駆け寄る。
「魔王様っ……いえ、ダルクス様っ!!」
「この数日、私たち、血眼で探してたんですよ〜〜っ!!」
「急に魔力の気配が途絶えて、どれほど心配したか……!!」
マオは腕を組んで申し訳なさげに頷いた。
「うむ……少々、民の世界でスローライフを体験してみたくなってな」
だが側近たちの反応は。
「って、その姿は何ですか!? か、かわ……い……!」
「いや……まさか、ここまで縮むとは……不意打ち……っ!」
「小さっ!! 手、ちっさ!! お腹もぷにってしてる!!」
もう止まらない。
三人のお姉様方は完全にマオを子ども扱いせんとする「母性本能の暴走列車」と化していた。
「お風呂は毎日? ちゃんと髪、洗ってる? 湯冷めしてない?」
「爪! 爪切ってる!? 整えてる!? ファイリングしてる!?」
「お昼寝は? ひとり? ちゃんと毛布かけてるの!? 湿気は!? 湿気ェェェ!!」る
「なんなの、この圧!? 魔族ってもっと冷たい種族じゃなかったの!?」
「完全に、保護者じゃねぇか」
「リュウ、これは……完全に大家族化の兆しばい」
「個人的には“母性3人衆”と呼称します」
「ネーミングセンスが理系すぎるだろ」
数時間後、リビングではふかふかのソファに腰掛け、魔族お姉様たちはくつろぎモード。
「こちらのソファ、座り心地いいですね〜」
「キッチンの構造、合理的。これ、マオ様の健康管理にも役立ちますわ」
そして一斉に立ち上がり、声を合わせる。
「マオ様と一緒に、ここに住まわせてください!」
「即決かよ!! 相談とかないの!?」
「必要ない。我ら魔王に仕える身。住む場所も世話する場所も、魔王のそばと決まっているのだ」
マオは悠然と紅茶を啜り、足を組んで微笑む。
「うむ、既に我の部屋には加湿器とふかふか枕が完備された。ぬかりなしだな」
「いや誰がそんな速さで生活環境整えろって言った!?」
こうして筆の家(村?)に、“マオ様用・魔族世話係付き特別区”が産声を上げた。
「スローライフとは、静かで穏やかななのに、どうして俺の暮らしは、どんどんにぎやかになっていくんだよおおおお!!」
リュウの叫びが、またひとつ、空へ吸い込まれていった。
◆◆◆
筆の家の朝、またもや騒々しい声が飛び交う筆の家。今日はマオと母性全開の三姉妹が主役だ。
「こら、マオ様っ! 寝癖そのままでリビングに出ないのっ!」
「今日の朝食は、温かいパンと芋スープとサラダ、それと栄養補助の魔草茶もあるよ〜」
「日向ぼっこは十時からです! 紫外線量も完璧に計算済み!」
「おまえら、過保護すぎるわ!!!」
リュウの悲鳴が、朝の静寂をぶち壊した。
「これって……俺、保護者として魔王を見てると思ってたけど……むしろ俺が、魔王を囲う保育園の園長なんじゃ……?」
トレイを手に困惑するリュウを前に、ミランダが微笑む。
「安心して、リュウ。私は厨房と給仕班を回すから、あなたはマオ様のお世話に専念して」
「いや違うよ!? 俺、元々一人でひっそり暮らすつもりだったんだってば!!」
ルナがサラダをつまみながら肩をすくめる。
「もうあきらめとき。にぎやかやけん、ええやろ?」
「マオ、楽しそうやん?」
窓の外を見れば、マオが魔族のお姉さまの一人に手を引かれて、屋根の上に連れて行かれていた。
日光浴用のマットが敷かれ、隣には湯気を上げるお芋。
「今日も、平和やな……」
ティアが呟く。
「静かすぎる平和とは違うんやけどね……」
その日の夕暮れ、リュウはログハウスの軒先でハンモックに揺られていた。
ようやく一息……と思いきや、横から小さな声が飛んできた。
「リュウよ」
「……んあ、マオ? どうした?」
マオは両手に芋を抱え、真剣な眼差しでリュウを見つめた。
「我はかつて“王”であったが、この数日で“食事のありがたさ”と“昼寝の幸せ”を知った」
「感想が庶民すぎる」
リュウは吹き出しそうになりながらも頷く。
「だが、悪くないな……この暮らしは、温かい」
マオが芋をかじり、ほくっと音を立てる。
「リュウよ」
「ん?」
「今後、余がここを“魔王国”と称したら、怒るか?」
「全力で却下する」
「むぅ」
「でも、まあ……」
リュウは空を見上げ、小さく笑った。
「ここは“王国”じゃないけど、悪くない“王様”がひとりくらいいてもいいかもな」
「ふふっ、ならば……我がここの“ジャガイモ王”として君臨してやろう!」
「肩書きがダサい!!」
ツッコミが静かな夜風に消えていく。
こうして、筆の家にまた新たな“家族”が加わった。
魔王のツノも、王国の威光もないけれど、ここにはちゃんと、笑いと温かさと、焼き芋の香りがあった。
「……明日は、もっとでっかい干し芋棚を作るか」
リュウの囁きに、芋王マオが「うむ!」と胸を張ってうなずいた。
スローライフは遠くとも、ごちゃまぜライフの物語は続く。
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