第27話 魔王、慣れられず
朝の筆の家、厨房ではフライパンが跳ね、食堂には子どもたちの笑い声が響き渡る。外の畑では、ジャガイモが顔をのぞかせ、まるで今日も平和な一日が始まるかのようだった。
だが、その数日前から、どこか空気がざわついている。
「お、おい……なんか後ろにおる……」
リュウが背後に不安げな視線を向けると。
ギギィ。
ログハウスの重い扉がゆっくりと開き、中から現れたのは、漆黒のローブに角、長身で筋骨隆々の異形の男だった。
「ふぁぁ……朝の芋は実にうまいな……」
その低く轟く声に、全員の足がすくむ。
「ぎゃあああああ!! 魔王だぁぁぁぁ!!!」
子どもたちは悲鳴を上げて一斉に逃げ出し、一部の厨房スタッフは鍋ごとひっくり返し、ミランダは思わず包丁をかまえる。
「落ち着けってば! こいつ、もう魔王じゃないから!!」
リュウが大声で叫ぶも、説得力はゼロ。見た目は完っ全に魔王そのものなのだ。
「なぁ……ダルクス。お前さぁ……もう、魔王軍やらないんだよな?」
リュウは震える声で確認する。
「うむ。我は第二の人生を“芋”に捧げると決めたのだ。人里で静かに暮らす所存である」
ダルクスは不敵に微笑む。
「その姿でか!?」
リュウはあきれ顔だ。
「そ、それは……生まれついての威厳というものが……」
ダルクスは胸を張りつつも、角は天井すれすれ、通路はギシギシと悲鳴をあげる。
「じゃあ、もうちょっと威厳下げてくれません!?」
リュウが木製の梁を指しながら叫ぶと、ダルクスはキョトンと首をかしげた。
そして夜、ほとんど理不尽な一日を終えたリュウは、疲れた顔で原稿帳を開いた。
「……書くか。ちょっとだけ……ほんの、ちょっとだけ」
彼の手にペンが走り、魔力が宿る。
《魔王ダルクスの魔力を封じ、人間の姿へと変える。角もなく、体も少年のように。年齢換算十四歳程度。改名してマオ》
ぱぁん。
空気が弾け、原稿帳から淡い光がこぼれた。
「な、なに!? 体がっ……!」
ドサッと落ちた黒マントを翻して現れたのは、金髪の癖っ毛に紅い瞳をした十四歳の少年だった。
「ふむ、我は……な、なんだこの軽さは!? どこだ、我の角!!」
マオ(旧ダルクス)は慌てて頭を掻き、床に落ちた角を探そうとする。
「……変わった……魔王が、少年に……」
リュウもルナもTシャツのまま口をぽかんと開けた。
「見た目だけだぞ! 中身はそのままだからな!」
リュウが釘を刺すと、マオはむっと頬を膨らませた。
「それ一番厄介やん!!」
リュウが思わずツッコミ、ログハウスには騒然とした空気が漂った。
こうして、“魔王ダルクス改めマオ”魔王の子ども化という大混乱の幕が切って落とされたのだった。
◆◆◆
まだ陽の光も柔らかな時間帯。筆の家の木製の廊下に、低く響く声がこだました。
「ふむ……足が、軽い。背も……低い。鏡はどこだ? 余の威厳を確認せねば」
マオはまだ慣れぬ十四歳の体を確かめるように呟き、廊下をそろりと歩く。
「ちょっとマオ! パジャマのままうろつかんと! 朝食前に顔を洗いなさいってば!」
ルナがタオルを握りしめ、颯爽と駆け寄る。
「我は魔王であるぞ!? 洗顔など、側近の仕事ではないのか!?」
マオはふんぞり返り、片眉を上げる。
「ちがーーーう!!」
ルナは躊躇なくマオの耳を引っ張り、強制的に洗面所まで連行した。マオはむくれつつも、洗面台に無抵抗で顏を寄せる。
「……まるで猫やね。されるがまま」
「されるしかないというか、気づいてないまであるよね」
廊下の陰で見守るティアとロッテが、小声で笑い合った。
食堂にて、和やかな朝食の準備が進む中、マオは席に着くと堂々とメニューを告げた。
「朝食はライスとスープ、焼き魚、漬物に煮物……そして芋だ」
「朝から品数、多っ!?」
ミランダが慌ただしく大皿を並べながら驚く。
「食卓は“国の縮図”である。多ければ多いほど、国が豊かになるのだ」
マオは誇らしげに顔を上げる。
「国運までかけるな朝食に!!」
ミランダはまな板に突っ伏しながら呟いた。
「……はいはい。卵焼きも追加ね。ところで、この子、王族育ちか何かなの?」
「魔王族です」
「納得したわ」
ミランダが頷き、黙々と卵を焼き始めると、マオは満腹そうに腹をさすった。
「では、余の任務に戻るとしよう」
「ん? 何するの?」
「屋根で芋干しだ」
「やっぱり芋か」
マオは涼しい顔で立ち上がり、背後の階段を上っていった。
昼下がり、ぽかぽか陽気の下、屋根の棟に並ぶ芋の列。その傍らで、マオは心地よさげに目を細める。
「よい……芋の香りと共に眠るこのひととき……これぞ真の平和……」
マオは両手を腰に当て、満足げに空を見上げた。
だが、その瞬間。
「ダルクス様ァァァアアアア!!!」
木霊のように響く大声とともに、空気が震えた。
「!?」
マオが慌てて飛び起き、リュウもハンモックから跳ね起きた。
「な、なに!? 空から!? あれ翼っ!? って、女の人が三人!?」
リュウの叫びに、ティアとルナも庭先に出て空を見上げる。
屋根に降り立ったのは、真っ黒な翼を持つ三人の魔族の女性たち。眼光鋭く、マオを見据えていた。
「ま、魔王様!? まさか、その姿は……」
一人が震える声で問いかける。
「ふむ、久しいな。我が忠実なる側近、否、世話係どもよ」
マオは肩をすくめ、かつての威厳そのままに挨拶した。
「やっぱり世話係だったぁああああ!!!」
リュウの絶叫が、青空に高くこだました。
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