第26話 魔王邸爆誕! 筆の村構想、始動!?
茜色に染まった夕暮れとは打って変わり、草露がキラリと光る午前。木々の合間から差し込む光が、黒曜石の魔王邸を神々しく照らす。
「うぉぉぉぉぉおいリュウ!? なにこのでかい建物は!? 火山!? 要塞!? 魔王の居城!?」
バズが荷運び用の木箱をひっくり返さんばかりに仰天する。背後にはロメオとラミアが顔だけ覗かせ、無言でドアを閉めた。
「でっっっっか!? うちの寮、これの3分の1もないばい……」
ラミアは目を丸くし、同時にロメオが二度見する。
「黒い……角つきの人影が……手、振ってる……あれ、魔王やん……」
魔王邸の大窓から、ダルクスが涼しい笑顔で手を振っている。
「どーゆー経緯か、3行以内で説明してくれリュウ」
ティアがメモ帳を構え、眼鏡を押し上げる。
「え〜っと……その、魔王が来て、お腹空かせてて、泊まるって言うから、責任感じて建てた、みたいな?」
リュウの語尾はしどろもどろ。
「アホか」
「はい」
全員一致の即答。ミランダは厨房から腕組みして現れ、怒りレベルMAXの待機姿勢だ。
一方、その張本人はというと、魔王邸の大浴場で、ダルクスがタオル一枚の姿で湯煙に包まれていた。
「ふむ、やはりこの“風呂”なる文化は素晴らしいな。広い。温かい。香りも良し」
半身を湯面に浮かべ、タオルの隙間から鋭い眼光をちらり。
「まさか、ジャガイモを蒸して香りを立てるとは……! これが文明の力か……!」
ダルクスは蒸し器から立ち上る湯気で芋を蒸し、ひとつ皮を剥いてかじる。
「それうちの湯気で芋蒸してるだけだからな!? 冷蔵庫に手ぇ出すなよ!?」
リュウが脱衣所から怒鳴り、タオルを振りかざす。
「ふっふっふ……我の新たなる居城と民(料理)……もはやここが、我の第二の魔王国!」
魔王は満足そうに湯面を見つめた。
「絶対言うと思ったよそれ!!」
そして夜、筆の家の食堂。普段は料理と雑談に花が咲く場だが、この夜はテーブルを囲んで「筆の村構想」緊急会議が勃発していた。
「リュウさん……このまま人が増えて家が建つと、本当に“村”になりませんか?」
バズが大きな頬をふくらませ、サラダを口に運ぶのも忘れて問いかける。
「厨房亭に、筆の家、寮、魔王邸……もうインフラは揃ってますっス」
ミーガンは帳簿をパタリと閉じ、真面目に分析。
「必要なのは、井戸と“自治会長”たいね」
ルナがにっこり笑いながらポンと手を打つ。
「誰がやるんだよ!?」
リュウはお茶を吹きそうになる。
「そりゃ……あんたでしょ?」
ラミアがほとんど無表情で答え、ロッテがサラダを盛りながら頷いた。
「え、いや、ちょ……待って……俺はただ……ハンモックで昼寝したいだけなのに……」
リュウの嘆きに、ティアが眼鏡越しに冷静に言い放つ。
「今後“筆の村”が独自の経済圏を持ち始めたら、王都と自治協定を結ぶ必要がありますね。資料、作っておきます」
リュウは思わず両手で顔を覆った。
「やめろ! ほんとに動き出しそうだからやめろ!! 俺のスローライフはどこーーーーっ!!?」
こうして、リュウの「引きこもり宣言」は見事に破られ、
“魔王邸”とともに生まれたのは、想定外の「筆の村構想」だった。
屋根の上では、魔王が今日も無邪気にジャガイモを干している。
「これが……余の、第二の人生……!」
リュウは拳を握りしめ、遠くに建ち並ぶログハウス群を見つめた。
「いや干すな、芋を! 屋根に! 魔王の風格どこ行ったよ!!!」
再び響く絶叫が、星空の下にまばゆいほどの賑わいを呼び込んでいた。
◆◆◆
朝日が柔らかく差し込むログハウス。
窓辺には黄金色の光が降り注ぎ、ハンモックがほんのりと揺れる。リュウならば、今ごろ二度寝を満喫しているはずだった。だが
「よいか! 我が朝食には、湯気の立つライス、焼き魚、温かいスープ、漬物、そして芋が必須である!」
魔王ダルクスの号令が、静かな朝を打ち破る。
「なんでだよ!! 昨日まで芋しか食ったことない奴が、いきなり朝定食フルコンボ要求してんじゃねぇ!!」
リュウは慌てて飛び起き、頭を抱えた。
「庶民とは、進化する生き物なのだ」
ダルクスは胸を張り、マントをはためかせる。その威風は相変わらずだが、むしろシュールさを増していた。
「魔王のくせに庶民派かよっ!!」
怒号とツッコミが、朝の食堂ににぎやかに響き渡る。
ミランダが慌ただしく鍋をかき回し、ラミアは黙々と火加減を調整。ミーガンは在庫表を叩きながら、「芋の消費ペースが異常」とこぼす。
「リュウさん……今日も厨房は地獄の忙しさよ。スタッフはローテーション組んでるけど、もう限界かも」
ミランダが疲れた笑顔で声をかける。
「えっ、うちってそんなに繁盛してんの……?」
リュウは驚きとため息を同時に漏らした。
「だって今や、“魔王様が通う飯屋”って、王都でも話題になってるもの」
ミーガンが得意げに説明する。
「うわぁ……その肩書き、やめてぇぇぇええ!!」
リュウは頭を振り、鍋の蒸気ですら目にしみる。
昼下がりの庭先、ルナが草むしりをしていると、リュウがやって来て腕組みした。
「ねぇリュウ。あんたの“理想の生活”って、ほんとはどんなと?」
ルナは首をかしげ、素朴な疑問を投げかける。
「え? そりゃ……朝はゆっくり起きて、畑を眺めて、原稿をちょっと書いて、お昼はのんびり昼寝して、夜は星を見ながら読書して……みたいな?」
リュウは目を細め、遠い目をした。
「……今の生活の、どこにその“のんびり”があると?」
ルナのツッコミは容赦ない。
「……ない……」
リュウは肩を落とし、小さく苦笑した。
「正直でよろしい」
ルナはふふっと笑い、リュウの隣に腰を下ろす。
黒い屋根の向こう、遠くにそびえる魔王邸のてっぺんでは、ダルクスが干していた芋を風に揺らしている。
「……まぁ、なんだかんだで、楽しいっちゃ楽しいけどさ……」
リュウは呟き、柔らかな風に髪を揺らされた。
「ん?」
ルナが顔を向ける。
「気づけば、ひとりじゃなくなった。にぎやかになった。
スローライフとは言いにくくなったけど……俺は、嫌いじゃないよ、今の暮らし」
リュウの声には、ほんのりと温かい響きがあった。
「ふふっ、そっか」
ルナは優しく笑い、リュウの手をそっと握る。
「じゃあもう、スローライフやなくて、“ごちゃまぜライフ”たいね。あんた、今のこの暮らし、物語に書くとしたら、どんなタイトルにする?」
ルナの瞳は、楽しげにきらめいていた。
リュウはしばらく考え、微笑んで答えた。
「『魔王と芋と、俺の筆の村』……ってとこかな」
「うわ、それ絶対うちがツッコミ入れる系の物語たいね!」
ルナは笑い声をあげ、リュウの頬を軽くつついた。
二人の笑い声が、午後の陽射しに溶けてゆく。
そしてそのころ。
魔王ダルクスは、魔王邸の屋根の上から空を見上げていた。
「ふむ……民と共に生きるというのも、案外悪くないな……」
その顔には、確かにかつての“魔王”の威厳が垣間見えた。
しかし、次の瞬間、干していた芋が風で飛ばされ、
「芋ーっ!? 世の芋がぁぁぁぁ!!!」
魔王の絶叫が、宙を裂くように響いた。
やっぱり彼は、ただの“居候魔王”だったのだ。
スローライフは遠く、しかし、ごちゃまぜライフの物語は、まだまだ続いていく。
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