第二十六話 注文は「ふつうはイヤ」!? 王太子レオネルと最初の一皿
王宮。白金に輝く大理石の回廊を抜け、筆の家メンバーは重厚な扉前に列を成して立っていた。
「めっちゃピカピカばい……靴で歩いたら怒られる系の床やね……」
ルナが小声でぼやくと、エルドはふんと鼻を鳴らした。
「にしては靴脱いでる人、いなかったけどな」
ティアが淡々と言い、護衛が静かに「殿下がお入りになります」と告げる。
扉が静かに開き、緊張がぴんと張り詰めた。
「……あなたが、噂の“筆の家”の料理人か?」
現れたのは皇太子レオネル(10歳)。金糸の礼服を纏い、小柄ながら凛とした背筋と、どこか疲れを帯びた瞳を持つ少年だった。
「ど、どうも。筆の家のリュウです。お供は猫耳のルナさんと、魔力オタクのティアです」
リュウが自己紹介すると、ルナがすかさずツッコミを入れた。
「補足に偏見があるばい」
「紹介にちょっと悪意があるな」
レオネルは無表情のまま、テーブルに置かれたパンとスープのセットに目を向けた。
「……パンもごはんも、スープもデザートも、いらない。熱いのも冷たいのも、もう見飽きた」
「なるほど。つまり、“ふつうの料理はイヤ”と?」
リュウはそっと頷いた。
「そういうことだ。母上が亡くなってから、ずっと『食べろ』『元気を出せ』と声をかけられるが、どれも心に入ってこない」
リュウは静かに息を吸い、目を閉じた。
「分かりました。俺が作ります。“心に入る”料理を」
「……できるのか?」
レオネルの声に、リュウは力強く頷いた。
「うん。この世にまだ存在しない料理を、俺は知ってるから」
そう言うとリュウはエプロンを締め直し、筆を手に取った。
紙の上に走る文字が、魔法陣のように淡い光を放つ。
「調理台の上に、不思議な道具と食材が並ぶ。そこから生まれるのは、蒸し焼きとも煮込みとも異なる、“ふわとろ”の未知の一皿。」
まな板の上には、じゃがいも・卵・チーズ・トマトエキス・魔力蒸気石が揃った。
「よし……いくぞ!」
リュウは火を使わず、蒸気と魔力を操って料理を進める。
1.じゃがいもを魔力蒸気で柔らかく蒸す
2.卵白を泡立て、チーズでコクをつける
3.混ぜ合わせて、軽く押し固める
4.冷却スクロールで一瞬だけ冷やし、再び魔力熱を与えて“ふわとろ”な質感にする
完成したのは、魔法的食感の一皿。
「ふわとろマジカルポテトスフレ!パンでもごはんでもない、焼きでも煮込みでもない、『ふつうじゃない料理』第一弾!」
レオネルは疑い深そうにスプーンを手に取り、そっとひとくち運ぶ。
「……っ!」
柔らかな甘みと、温かな優しさが、静かに口中に広がった。
「これ……甘くて……やわらかくて……変なのに、あったかい!」
そして、目を見開くと同時に皿は空になった。レオネルは小さな声で囁く。
「……もっと、あるか?」
リュウたちは一瞬息を呑み、次いでルナが満面の笑みで両手を上げた。
「おかわり、入りまーす♪」
その日以降、王宮に波紋が広がった。
レオネル殿下は「リュウ以外の料理は受け付けない」と公言。
内大臣ラグレスは涙を流しつつ新規献上枠を設置。
国王の耳にも「筆の家」旋風が届き、宮廷宴席の正式メニューに採用されることが決定した。
「これより“筆の家”は、宮廷厨房に公式献上店として迎えられる!」
「レオネル殿下の御膳=リュウ! パン皿=筆! 野菜=神!!」
エルドは悔しげに声を荒げる。
「なぜ私だけ入城禁止なんですかーーー!?」
しかし王都支店の裏口からは、今日もあの少年の姿がひょっこりと覗いていた。
「おかわり、お願いしまーす♪」