第25話 引きこもりの楽園、完成!……のはずだった
青空が広がる昼下がり、雲ひとつない空に、柔らかなそよ風が草木を揺らす。まさにスローライフ日和。松明の残り火もない、静寂すら心地よい午後。ログハウスの軒先には、手作りのハンモックがゆらゆらと揺れていた。
「……ふふふ……ついに、完成した……俺だけの、楽園が……!」
木製のハンモックにもたれかかり、茶川龍介(異世界転移者にしてチート作家)は両手を組んで満足そうに微笑む。思えば、何人を雇い、何度建築し、どれだけ働かされてきたか。だが、その先にある“究極の引きこもり空間”を手に入れた今、その苦労などまるで苦労ではなかったかのようだ。
そう、ついに手に入れたのだ。
『筆の家・王都支店』は王族の信頼と民衆の胃袋を掴み、連日大盛況。厨房亭はミランダの手腕とスラム出身スタッフたちの活躍で、まるで王城の食堂。エルドのスクロールは農地に精妙な水や肥料を送り、野菜は魔法並みにすくすく育つ。
「今日から、俺は何もしない。原稿? 週一でいい。野菜? 勝手に育つ。書く? 書かない。出す? 出さない。動かない! しゃべらない! 引きこもる!!」
高らかに宣言した瞬間!
「む……この気配……間違いない。あの男は、ここにいる……」
森の奥から、草を踏みしめる重厚な足音が近づく。黒と紅のマントが緩やかになびき、幾層にも重なる鋲飾りの鎧が鈍く光るシルエット。
「お、おい待て、そのマント、その角、その……威圧感……って、ちょっ……」
リュウの目が見開かれる。
「うおおおおおおい!? 魔王ぉぉぉぉっ!!?」
そこにいたのは、かつて世界を震撼させた大魔王ダルクスだった。
「うむ、ようやく見つけたぞ。おぬしの顔など二度と見たくはなかったが……他に行く宛もないのだ」
重い声で告げるダルクスの瞳は、かつての凶暴さを失わぬ光を宿している。
「いやいやいや! なんでお前がここに来んの!? こっちは引きこもってんだぞ!?」
リュウは慌ててハンモックから飛び起きる。
「すべてはおぬしのせいである。我を王国の王に土下座させた罪、万死に値する」
ダルクスが大剣を鞘におさめながら語る。
「え、いや、それ俺がちょっと原稿に書いただけで……ほら、平和にしたかったっていうかさ?」
リュウの声がか細く震える。
「平和など、あの場限りの話であった。我の“魔王としての尊厳”は消し飛び、臣下たちは離反し、王国では子どもたちに“土下座モンスター”と呼ばれておるのだぞ!」
ダルクスは地を蹴ってリュウに迫り、その声を森中に轟かせる。
「ちょっと待て!? 新たな蔑称生まれてるじゃん!?」
リュウは頭を抱え、ハンモックの端で座り込む。
「ゆえに、責任を取れ。おぬしが面倒を見るのだ。今から。ここで。未来永劫!」
ダルクスの宣告は絶対だった。
「その理屈通るかぁあああああ!!」
リュウの絶叫が、今日も深い森に響き渡った。
だが彼はまだ知らない。
この「引きこもりの楽園」に、さらに“とんでもないログハウス”がもう一棟、否、もう一城、建つことになるとは……。
◆◆◆
青空の下、ログハウス前の芝生。リュウがハンモックからずり落ち、額に手を当ててうめく。眼前には、呪文一つ唱えずして堂々と胡坐をかく魔王・ダルクス。荷物も金も常識も持たぬその姿に、リュウの頭痛は増すばかりだ。
「責任をとれ。我を養え。我を住まわせよ。我を労われ!」
まるで軍令のような口調で命じる魔王に、リュウは思わずツッコミを入れる。
「なぁダルクスさんよ。あんた、もう“魔王”じゃないんだからな?」
リュウの眉間がピクリと跳ねた。
「魔王かどうかなど関係ない。我は生まれながらにして魔王なのだ」
ダルクスは胸を張り、風になびくマントの裾を揺らす。
「……精神論かよ」
リュウは深いため息をつく。
「それより腹が減った。何か出せ」
魔王の低い声が響く。
「どんだけ図々しいんだお前!? お客なら『すみません、一食お願いできますか』って言うのが筋だろ!?」
リュウの逆ギレが、芝生にこだまする。
「ふむ……では、すみません。焼き芋をお願いできますか?」
魔王が丁寧に頭を下げるも、その中身は何一つ変わらず、リュウは目を見開いた。
ぐぅぅぅぅ……
魔王の腹から、豪快なグルメサイン。
「……情けなっ!」
「世は料理などできぬ」
「その無駄な堂々さ、どこから来てんだよ!!」
リュウは肩を落とし、ため息を繰り返すしかなかった。
「ったく……ルナがもうすぐ帰ってくるから、それまで待っとけ。料理もしてくれるだろうし……」
「うむ、ではその間に我の寝所を用意しておけ」
ダルクスはぴたりと動きを止め、リュウを見下ろす。
「はぁ? お前、泊まる気なのか!?」
「当然であろう? 責任を取るというのは、そういうことではないのか?」
「ちげーよ!! 誰が“保護者”になれって言った!!」
魔王はむしろ笑顔で続ける。
「よくわからんが、家が欲しい」
リュウの頭痛は最高潮に達した。
「なんでさっきより要求レベル上がってんの!?」
リュウ、決断する
このまま押し問答を続けるよりも、一刻も早く“魔王の家”を用意した方がマシだ。リュウは原稿帳を取り出し、ペンを走らせる。
《ログハウスの隣に魔王専用邸宅を建築。天井高6mの大ホール、重厚な黒い石壁仕上げ、マント干し場兼観賞用バルコニー。特大ベッドルーム&ドラゴン湯船付きバスルーム。城門のような重扉と番人台》
「できた……っと」
リュウの呟きを合図に
ズドォォォォォン!
森の静寂を引き裂く轟音とともに、黒曜石のように輝く魔王邸が忽然と出現。煉瓦の煙突からは白煙がゆらゆらと上がり、周囲の樹木すらその重厚さに身をすくめるほどだ。
「ほぉ……! 我にふさわしい、荘厳な城である!」
魔王は満足そうに胸を張るが、リュウは眉をひそめた。
「いや誰が“城”建てろって言ったよ!? ログハウスの隣がなんで黒の城になってんだよ!!」
「これでようやく安眠できる……感謝するぞ、我が下僕よ」
「誰が下僕だぁあああああ!!」
◆◆◆
「ただいま戻ったばい〜……って、は? なんやあれ!!?」
ルナが家の前に立ち、視界いっぱいに広がる魔王邸に声を裏返す。
「え、え? 新しい施設? ログハウス・デラックス?」
ティアも目を丸くし、口をぽかんと開ける。
「ま、魔王殿……!? なんでログハウスの隣に建っとると!?」
二人の視線が一斉にリュウへ向かう。
「リュウさん、説明を」
ルナが鋭く詰め寄り、ティアが腕を組む。
リュウは頭を抱え、うなだれた。
「……スローライフ、どこ行ったんだ俺のスローライフ……」
魔王邸の大窓から、ダルクスがひょこっと顔を出し、にこりと手を振った。
「うむ、飯はまだか?」
「てめぇぇぇぇええ!!」
こうして、「引きこもり阻止令」はさらなる混沌へと突入した。
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