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第14話 注文は「ふつうはイヤ」!? 王太子レオネルと最初の一皿

 王宮。白金に輝く大理石の回廊を抜け、筆の家メンバーは、重厚な扉を押し開け、庶民には想像もつかないほど豪華な装飾で飾られた部屋へと案内された。

 

「めっちゃピカピカばい……靴で歩いたら怒られる系の床やね……」

 

 ルナが思わず小声でぼやく。床に映る天井画は、まるで生きているかのように煌めき、彼らの緊張を誘った。

 

「にしては靴脱いでる人、いなかったけどね」


 ティアがいつもの淡々とした調子で指摘する。その言葉を聞き流すように、護衛が静かに「殿下がお入りになります」と告げた。


 扉が静かに開く。その瞬間、張り詰めた緊張感が部屋全体を支配した。全員の視線が一点に集まる。

 

「……あなたが、噂の“筆の家”の料理人か?」


 現れたのは、まだあどけなさの残る10歳の皇太子レオネルだった。金糸の礼服を纏ったその小柄な身体は、しかし凛とした背筋を伸ばし、どこか疲れを帯びた瞳を宿していた。その瞳の奥には、彼が抱える深い孤独が垣間見えるようだった。

 

「ど、どうも。筆の家のリュウです。お供は猫耳のルナさんと、魔力オタクのティアです」


 リュウがやや緊張しながらも自己紹介を終えると、ルナがすかさずツッコミを入れた。

 

「補足に偏見があるばい」

「紹介にちょっと悪意があるな」


 レオネルは無表情のまま、テーブルに置かれたパンとスープのセットに目を向けた。豪華な食器に盛られたそれらは、彼にとってはもう見慣れた、何の感情も沸かない存在なのだろう。

 

「……パンもごはんも、スープもデザートも、いらない。熱いのも冷たいのも、もう見飽きた」


 彼の言葉には、幼いながらも深い絶望が滲んでいた。リュウは彼の言葉を静かに受け止める。

 

「なるほど。つまり、“ふつうの料理はイヤ”と?」


 リュウはそっと頷き、レオネルの瞳を真っ直ぐに見つめた。

 

「そういうことだ。母上が亡くなってから、ずっと『食べろ』『元気を出せ』と声をかけられるが、どれも心に響いてこない」


 レオネルの言葉に、リュウは静かに息を吸い、一度目を閉じた。彼の脳裏には、亡き母を想うレオネルの痛みが去来する。

 

「分かりました。俺が作ります。“心に入る”料理を」


 リュウの力強い言葉に、レオネルの疲れきった瞳にわずかな光が宿る。

 

「……できるのか?」


 レオネルの声に、リュウは迷いなく、そして力強く頷いた。

 

「うん。この世界にまだ存在しない料理を、俺は知ってるから」


 俺は王宮の厨房へと急いだ。慣れない広大な空間に戸惑うことなく、愛用のエプロンを締め直し、そして、筆を手に取った。


 紙の上に走る文字が、魔法陣のように淡い光を放ち始めた。それは、リュウの持つ異世界の知識が、この世界の魔力と融合する証だった。

 

《調理台の上に、不思議な道具と食材が並ぶ。そこから生まれるのは、蒸し焼きとも煮込みとも異なる、“ふわとろ”の未知の一皿。それは、幼い皇太子の心を解き放つ、希望の光となるだろう。》

まな板の上には、この世界ではまだ見ぬ異世界の食材……ではなく、見慣れたじゃがいも、卵、チーズ、そしてトマトエキスと、魔力蒸気石が揃った。

 

「よし……いくぞ!」


 リュウは火を使わず、魔力蒸気石から放たれる蒸気と、自身の魔力を巧みに操って料理を進める。ジャガイモを蒸し器で柔らかく蒸しあげ、すり潰す。一方、卵白は丁寧に泡立てられ、そこにチーズが加えられ、豊かなコクが生まれる。潰したジャガイモと泡立てた卵白、チーズを混ぜ合わせ、隠し味にトマトエキス、それから軽く押し固めて形成する。さらに、冷却スクロールで一瞬だけ冷やし、再び魔力熱を与えていくことで、驚くほどの“ふわとろ”な質感が生み出されていく。

 

 完成したのは、見るからに柔らかく、そして温かそうな、まさに魔法的な食感の一皿。

 

「ふわとろマジカルポテトスフレ! パンでもごはんでもない、焼きでも煮込みでもない、『ふつうじゃない料理』第一弾!」


 リュウの自信に満ちた声が響く。レオネルは疑い深そうにスプーンを手に取り、そっとひとくち運んだ。彼の視線は、皿の上の白い塊に釘付けになっている。

 

「……っ!」


 柔らかな甘みと、じんわりとした温かな優しさが、静かに口中に広がった。それは、彼が長い間忘れていた、温かい心の繋がりを思い起こさせるようだった。

 

「これ……甘くて……やわらかくて……変なのに、あったかい!」


 そして、目を見開くと同時に、気づけば皿は空になっていた。レオネルは、もう一度食べたいと願うかのように、小さな声で囁く。

 

「……もっと、あるか?」


 リュウたちは一瞬息を呑み、次いでルナが満面の笑みで両手を上げた。

 

「おかわり、入りまーす♪」


 その日以降、王宮に小さな、だが確かな波紋が広がった。

レオネル殿下は「リュウ以外の料理は受け付けない」と公言し、周囲を驚かせた。


 内大臣ラグレスは感涙にむせびながら、筆の家のために新規献上枠を設置。


 そして、その噂はついに国王の耳にも届き、「筆の家」旋風は宮廷宴席の正式メニューに採用されることが決定した。

 

「これより“筆の家”は、宮廷厨房に公式献上店として迎えられる!」

「レオネル殿下の御膳=リュウ! パン皿=筆! 野菜=神!!」


 エルドは悔しげに声を荒げる。彼の心の中には、リュウへの複雑な感情が渦巻いている。

 

「なぜ私だけ入城禁止なんですかーーー!?」


 雑貨屋・筆の家の裏口からは、今日もあの金髪の少年の姿がひょっこりと覗いていた。

 

「おかわり、お願いしまーす♪」

 

◆◆◆


 ある日の朝。雑貨屋・筆の家の店先、暖簾がひらりと揺れるその隙間から、ひそやかな声がこぼれ落ちてきた。

 

「……あの、きょうは……新作、ありますか……?」


 扉の陰から、見慣れた金髪の少年の顔がひょっこりと覗く。王宮でしか会えないはずの、皇太子レオネル(10歳)だ。

 

「……殿下、それ“お忍び”のつもりですか?」


 リュウが軽くツッコミを入れると、レオネルは真剣な目で静かに首を振った。

 

「しーっ! ぼくは今日は“レオ”という名の、ふつうの食いしんぼうです!」


 しかし、店先の通りでは護衛の魔法騎士が隠れて待機中。向かいの屋台では別の騎士がピクルスを吟味している。完全に隠しきれていない「王族オーラ」に、ルナは小さく肩をすくめた。その姿は、周囲の誰もが「お忍び」の真実を知っていることを物語っていた。

 

「もういっそ店の中に玉座置いてやればよかばい」

 

「完全に筆の家に居場所依存してるな……可愛い」


 その頃、リュウは奥の簡易キッチンで「レオネル用」の新作を構想していた。彼の頭の中には、レオネルの笑顔が浮かんでいる。

 

「さて……今日はちょっと冒険してみるか」


 ペン先が走ると、まな板の上に材料が浮かび上がる。魔法の筆から生み出されるレシピが、現実の食材を呼び出す。

 

《ジャガイモを棒状にカットし、香草と魔力パウダーをまぶし、カリッと揚げる。一口噛むたびに、精霊の囁きが蘇るような軽快な音が響く一品が生まれる。》

 

 リュウは材料を揃え、火にかけずに鍋底の魔力熱だけでじっくりと揚げていく。油がパチパチと音を立て、香ばしい香りがキッチンに満ちていく。


 数分後。

 

「できた! 名付けて――“サクカリ・精霊風芋チップス&トマトディップ”!」


 揚げたてのチップスを皿に盛り、鮮やかな赤色のトマトディップを添える。香ばしい音と共に、豊かなトマトの香りが立ち上り、レオネルの食欲を刺激した。


 レオネルの瞳がきらりと輝き、彼はそっと一本を口に運ぶ。


 一口目の歯が当たると、サクッと気持ちの良い歯応えが広がり、その後にジャガイモのホクホクとした甘みが続く。スパイスで下味のついたジャガイモが、油で揚げるだけでこんなにも心地の良い食べ物になるなんて……。そしてこの付け合わせのトマトソース、なるほど、これに付けて食べろということか。なんだこれは、トマトの酸味と甘味が混然一体となり、素朴になりがちなジャガイモの味を、見事に一段階上の食べ物に昇華させていた。

 

「……この“サクっ”て食感すきだ。それにトマトソース、これ、毎日食べたい。おかわり!」


 レオネルは夢中になって食べ続ける。そんな彼に、ルナが釘を刺すように言った。

 

「油で揚げてるから、いくら美味しいからって食べ過ぎは胃腸に優しくなかばい、“レオ”!」


 リュウは笑いながら答える。

 

「レオネルのことは“おかわり殿下”と呼ぶことにしよう」

「やめてください!?」


 一方、その隣でモモはせっせとノートを開いていた。そのノートには、レオネルがこれまで食べたリュウの料理の記録が細かく記されている。

 

「『今日のレオ様の好きな味:トマト!』って書いとくー」

 

「完全にログ取られとるばい……」


 ルナが呆れ顔でつぶやくと、モモは無邪気に頷いた。彼女にとっては、レオネルの「美味しい」が何よりも大切な記録なのだろう。


 夕暮れ時。西日が通りを赤く染め上げる頃。レオネルは店舗の裏口からひそかに出ようとした。彼はいつも、人目を避けるように裏口から出入りしていた。

 

「レオ、どうしてそこから出るんだ?」


 リュウが穏やかな声で呼び止める。


 レオネルは少しだけ目を伏せ、静かに答えた。彼の声には、幼いながらも深い感情が込められていた。

 

「……お母さまがいなくなってから、誰かとご飯を食べるのが怖かったんだ。ちゃんと皇太子として、ちゃんとしなきゃって……。味がしなくなってた。でも、リュウのご飯は……“おいしくなくても、おいしい”」

 

「そこ“おいしくなくても”いる?」

 

 リュウは苦笑しつつも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。レオネルの言葉は、何よりも嬉しい褒め言葉だった。

 

「……また、来てもいい?」


 レオネルは、リュウの反応を確かめるように、小さな声で尋ねる。彼の瞳には、期待と不安が入り混じっていた。

 

「もちろんだ。扉はいつでも開いてるからな、“レオ”」

 

 リュウはにやりと笑い、優しい眼差しで彼の背を見送った。

レオネルはそっと手を振り、薄暮の石畳に、その小さな背中が溶け込むように消えていった。彼の心には、リュウの言葉と、温かい料理の余韻が残っていた。

 

 その夜。雑貨屋・筆の家のキッチンで、リュウは今日一日を振り返るように、ノートを開いた。

 

《王子は今日も扉をくぐり、少しだけ“ただの子ども”に戻った。皿の上には、言葉にならない想いと、あたたかな時間がそっと乗っていた。》

 

 店先からは賑やかな笑い声と、次なる“レオネル用”の試作をめぐるエルドの叫びがこだまする。筆の家の夜は、今日もまた、誰かの心を温める準備をしていた。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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