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第12話 扉を開ければ、そこは店先

 王都ルミアステラ中央区、市場近くの石畳通りに、ひときわ目立つ空き店舗があった。外壁は少し色褪せているものの、大きなアーチ状の窓と重厚な木製の扉が、往時の繁華を物語っている。

 

「ここが候補地ね……見た目は年期入っとるけど、立地は完璧ばい」

 

 ルナがじっと見つめながら頷く。その視線の先には、通りに面して人通りが絶えず、近隣には高級菓子店と魔法具専門店が並ぶ。

 

「裏手に井戸、二階に居住スペースあり……ふむ、これなら実験室兼倉庫にも向いているな」

 

 エルドは地図とメモ帳を手に、脚立に駆け登って天井の高さを測る。

 

「この天井のアーチ、精霊の祈りが通る角度に計算された曲線美ですね!」

 

 ティアは扉枠の彫刻に手を触れ、こだわりの細工を確かめる。

 

「たぶんエルフ様式の建築理論だな」

 

 エルドが眉をひそめる。

 

 内装はいささか傷んでいたが、筆の家には“改築権限(=執筆チート)”がある。すぐにこの物件を契約し、リュウたちはその場で笑顔で鍵を受け取ったのだった。

 

 だが、その夜。リュウは夜の闇に紛れるように畑へ水をやりながら、重い足取りで呟いた。

 

「……通勤かあ。毎日ログハウスと王都を高速馬車で往復って、正直キツすぎる……」

 

 月明かりに照らされる菜の葉が、静かに揺れた。

 

「リュウのことやし、1週間もたんやろな」

 

 ルナが腕を組む。

 

「馬車で往復? 魔力ポストで送れば? いや、いっそ引っ越し」

 

 エルドが淡々とした声で提案した、その瞬間――リュウの頭の中で“ピコーン”と電球が灯る音がした(本人談)。

 

「そうか……書けばいいんじゃん」

 

 リュウはハッと顔を上げ、周囲を見渡しながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。まるで、とんでもないいたずらを思いついた子供のように。

 

 そして、翌朝。

 

「というわけで、魔法の扉、書いてみました!」

 

 リュウが誇らしげにログハウスのリビングに堂々と設置されたばかりの木製ドアを指差す。

 

「えぇ……!?」

 

 ルナとエルドが揃って声を上げる。

 

 扉は厚手のオーク材でできており、丸い真鍮のノブが取り付けられている。しかし、その扉を開けば、たちまち目の前には雑貨屋の店内が広がる。これは、ログハウスと王都を繋ぐ、空間固定式の転移扉だった。

 

「開けたら王都、閉めたらログハウス。移動コストゼロの無制限転送!」

 

 ティアが微笑んで頷く。

 

「完全にダンジョンのアイテムたい!」

 

 ルナが半歩踏み出し、扉を引いてみる。

 

「わ、ほんとに王都の店内たい!」

 

 向こうの棚にはカラフルな野菜や果物、壁際にはスクロールケース、奥には“原作者リュウ不在につき爆発注意”と書かれたエルドの研究台が見える。

 

「掃除精霊まで湧いてる!?」

 

 エルドが驚くと、ティアはそっと答えた。

 

「私が世界樹の根元から呼び寄せた精霊です。とても仕事熱心で……」

 

「別世界になってる気がする!」

 

 ルナが目を輝かせ、リュウは満足そうにドアを背に腰かけた。

 

 数日後、外観は、以前の古いままの状態を保ちつつも、執筆チートによって古い箇所は新しく再生されていた。ルナとティアが売り子として準備ができたところで、「雑貨屋・筆の家」はついにグランドオープン。

 

 中央には瑞々しい朝取れ野菜の山。

 右手には整然と並ぶ魔法スクロール。

 奥にはエルド自慢の爆発実験台。

 

 しかし、リュウたちの脳裏には、ある一つの現実が重くのしかかっていた。

 

「店としては完璧だが……人手が足りんばい」

 

 リュウが窓越しに通りを見つめる。

 

「募集貼り出すしかなかね……あんまり愛想笑いのプロは要らんけど」

 

 ルナが微笑む。

 

 その頃、リュウたちがまだ気づかぬうちに、路地裏の暗闇からは、小さな二つの影がそっと「筆の家」の店先を覗き込んでいた。

 

 王都ルミアステラの青い空が一日を優しく包み込む一方で、その下の路地裏には、光の届かぬ冷たい闇が広がっていた。

 

 石畳の端に散らばるゴミと煤の山。その一角に、小さな姉妹が身を寄せ合ってうずくまっていた。ボロボロの毛布にくるまり、膝を抱えるその姿は、まるで夜の底に沈むかのようにか細く、今にも消え入りそうだった。

 

「……お姉、今日も、ごはんないの?」

 

 妹のモモ(9歳)が、震える声で姉のフィナ(12歳)を見上げる。栗色の長髪が風に揺れ、少女の大人びた瞳に不安が宿っている。

 

「大丈夫よ、モモ。もう少し、匂いのする方へ行ってみよう」

 

 フィナはそう言いつつ、ぽんと妹の頭を撫でる。その小さな手には、幼い妹を守るための覚悟が宿っていた。数日前、酔った父に追い出されて、二人は帰る場所を失ったのだ。

 

 唯一の支えは、空腹を忘れさせる“ごちそうの匂い”だけ。モモは、そのごちそうの匂いに誘われるように、再び小さな鼻をくんくんと鳴らした。

 

「……いいにおい、する……パン?」

 

「ああ……行ってみよう」

 

 姉妹はそっと立ち上がり、影のように狭い路地を進んでいった。

 

 その頃、「雑貨屋・筆の家」では、オープン初日の賑わいが夕闇に変わろうとしていた。

 

「初日にしては、売れすぎでは!?」

 

 ルナがレジ横で大声を張り上げる。

 

「ジャガイモ完売! トマトも完売! ティアちゃんの“冷却スクロール”も30枚売れました!」

 

 エルドは棚のスクロールを誇らしげに指差し、爆発注意プレートを肩で揺らす。

 

「そなた、利益を喜ぶのはいいが、品切れを補充するのが先では?」

 ティアが帳簿を押さえつつ冷静に指摘した。

 

 棚の奥には、「原作者不在につき爆発注意」という冗談めいた札がまだ輝いている。

 

「うんうん、でも売り子がいないと、これからの店番きついよな……」

 

 リュウが窓を開け放ち、通りを見渡しながらつぶやいた。

 その瞬間、細くかすれた声が遠くから届いた。

 

「……お姉……ここ、においする……パン……」

 

 リュウはハッとして振り返る。彼の視線の先に、店の裏手の小径。そこには、重く淀んだ空気の中に、怯えるような小さな二つの影が揺らめいていた。

 

 ボロ布に身を包んだ二人の少女。顔を隠すように膝を抱え、ひそひそと何かをささやき合っている。警戒心に満ちたその姿は、まるで路地裏に咲いたか細い花弁のようだった。

 

 リュウは一歩、足を踏み出した。

「……なあ、君たち。お腹、減ってるか?」

 

 フィナはびくっと体を強張らせ、モモをかばいながら視線をそらす。

「……なに? 急に話しかけないで。何も盗ってない!」

 フィナの声は強がりに満ちていた。

 

「そっか。じゃあ、盗られた分、取り戻しにおいで。うちの店でさ」

 

 リュウは優しく微笑み、手に持っていた焼きたてのパンを差し出した。

 

「一緒に働いて、食べて、寝る。それだけの場所があるんだ。どうかな?」

 

 少女たちはしばらく沈黙したまま、ミルクパンのあたたかい匂いに鼻を寄せた。

 モモがそっと手を伸ばし、一口かじる。

「……お姉、やさしいひと……?」

 モモの純粋な言葉に、フィナの瞳から初めて、微かな涙がこぼれ落ちた。そして、震える唇で小さく頷いた。

 

「少しだけでいいなら……信じてみてもいい」

 

 リュウは笑顔で頷き、店の扉を大きく開いた。

 

「よし、決まりだ。雑貨屋・筆の家、住み込み従業員採用!」

 

 その夜、ログハウスの縁側。リュウは焚き火の残り火を見つめ、ノートを開いてこう記した。

 

《フィナとモモは、路地裏の冷たい影から抜け出し、あたたかい“筆の家”へと迎えられた。そこには毎日、香ばしいパンと新鮮な野菜があり、笑顔と夢が満ちていた

 扉の向こうでは、ルナが姉妹に風呂の入り方を優しく教え、ティアが生活必需品リストを作成し、エルドが「姉妹記録ノート」を取り始めていた。

 

 新たな家族が加わり、ログハウスはまた一段とにぎやかになった。


 リュウは呟く

「……筆の家は、これだからたまらん」

 そして、静かにペンを走らせた。二人増えた家族の物語はこれから紡いでいく。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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