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異国の扉の海の日の  作者: うず
6/14

6:暇な人ってどこにでもいるものです

 問題は間もなく現れた。

 それまで目立った嫌がらせなどは受けていなかったが、友人もできなかった。校舎や、学校のスケジュールに慣れたころ。三人はグループワークとして出された課題についてのレポートを共同で書いていた。

 教育の方法も、ニーレとタイカンでは当然異なっていた。すべてにおいて規律を重視するタイカンには、レポート一つとってもルールがあった。用紙も決められていたし、タイトルの書き方、執筆者の名前を書く位置、要旨のまとめ方など、事細かく決められていた。三人は初めて書く形式のレポートに四苦八苦していた。

「今何時?」

「三時半」

「提出何時だっけ?」

「五時半まで」

「間に合うのか?」

「アールはその図を完成させて。コーラは読み直して形式と誤字脱字チェック。俺は最後のまとめを考える」

 図書室のはずれでひそひそと相談しながら、三人は必死に用紙を埋める。言語はニーレでもタイカンでも使われる共通語だったから問題なかったが、形式の違いはいかんともしがたく、少し書いては間違いを見つけるという具合だった。

 締め切りまであと十五分というところでようやく完成させて、ハタと気づいた。

「教授の部屋ってどこだっけ?」

 慌てて、マニュアルが収めてあるファイルから校舎の見取り図を取り出す。広く立派な校舎だけあって、パッと見ただけではどこが倫理理論の先生の研究室なのか、三人にはわからなかった。

「うわ、どうしよ、せっかく間に合わせたのに」

 そのときだ。一人の学生が声をかけてきた。

「何か困りごと?」

 見たことのない男子学生だった。黒い髪を短く刈り込み、中肉中背、どこといって特徴のない男子だ。人のよさそうな笑みを浮かべている。

「あの、倫理理論の教授の部屋がわからなくて。レポートの締め切りが五時半なんですけど」

 コーラが言うと、その学生は壁にかかっている質実剛健な時計に目をやった。

「大丈夫だよ。レポートは直接教授にもっていかなくても、学務課の提出箱の中に入れておけば係の人が教授に渡してくれるから」

「そうなんですか?」

 うんうん、とその男子学生はうなずいた。

「学務課はわかる?」

「わかります」

 学院生活で必要な様々な手続きを行う学務課なら場所はわかる。図書館室からもそう遠くない。

「学務課自体は五時に閉まっちゃうけど、提出箱はずっとカウンターに置いてある。人がいなくてもそこに入れておけば回収される仕組みになってるから」

「そうなんですね。ご親切に、教えていただいて助かりました」

 三人が揃って頭を下げると、男子学生はにっこりした。

「慣れなくて大変だと思うけど、がんばってね」

 そう言って、軽く会釈をすると背を向ける。三人はそれぞれに「ありがとうございました」と感謝の言葉を口にして、その姿が見えなくなると顔を見合わせた。

 入学してからずっと学生たちからは遠巻きに観察されているような状況に、「動物園のトラになった気分」とぼやいていたコーラは、心底驚いたというふうに目を見開いていた。

「がんばってねだって。聞いた?」

「聞いたよ。いい人もいるもんだねえ」

 直接提出しなくてもいいとはいえ、締め切りの時間は間もなくだ。急いで学務課へ行かなければ。片付けながらDDは答えた。

「なんだか狐につままれた気分」

 レポート片手に、コーラはまだ学生の去ったほうを見ている。

「親切が身に染みるね。困った人がいたら僕たちも助けてあげようね」

「さ、学務課に行こうよ」

 ここに来てから初めてといっていいほどほっとした気分になった三人だったが、それも翌日教授に呼び出されるまでのことだった。

「君たちだけだよ、レポートが出ていないの」

 シミ一つない、完璧にアイロンをかけられた教授のシャツの白さが、眼を射るようだった。

「提出しましたが…」

 戸惑いながらDDが言うと、教授は眼鏡を押し上げていった。

「どこに?いつ?」

「昨日五時過ぎに、学務課の提出箱に入れました」

「学務課の提出箱?どうしてそんな所に」

「え…」

 椅子に座ったままの教授は、並んで立つ三人を上目遣いに見た。

「学務課っていったら学務に関係あることでしょう。例えば提出を求められている欠席理由書とか、そういうものを入れておくのが学務課の提出箱ですよ。学業に関係のあることなら教務課です」

 知らなかった。合理的にシステム化されている制度は、ニーレにはないものだったから。

「それにね、私は五時半までに提出しなさいと言ったんですよ。もしその提出箱が機能していたとしても、そこに入れておいて、何時に私のところに来るか確認しないというのは、無責任ではないですか?」

 そう言われてしまえば申し開きのしようもない。三人はそろって頭を下げた。

「すみませんでした」

「まあ、仕方ない。学務課の誰かがここまで持ってきてくれることを願いましょう。君たちはもう少し慎重さを身につけたほうがいいですね」

 教授はくるりと自分の机に向き直ると、「もう行っていいですよ」と手を振った。

 研究室を出た三人がため息をつくのは同じタイミングだった。

「はああああああ」

 がっくりと肩を落とす。

「まじか」

「ちょっと理解できない。どうしてこんなことするの?」

「わからない」

 アールのプラチナブロンドがふるふると揺れる。

「暇なのかな?私たちの様子をわざわざ見ていて、間違った情報を与えるなんて」

「なんにせよ、信用できないってことだね」

「うーん…」

 どっと疲れた三人だったが、その後も地味な嫌がらせは続いていく。授業時間の変更は三人には知らされなかったし、油断していると資料は配布されなかった。度重なる事態に、いぶかしげに学生たちを見渡す教師もいたが、理由が明らかになることはなかった。

 遠巻きに見ている学生たちはいた。むしろその人数のほうが多かった。傍観者たちは何が起こっているのか、知っていた。けれども口も手も出してこなかった。だから仕掛けてくるのは相応に力のある人間なのだろうと三人は思った。

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