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異国の扉の海の日の  作者: うず
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5:お茶はタイカン製に限る

「三人の様子はどうだ?」

「とりあえずそれぞれ男子寮と女子寮に落ち着いてもらったよ。アール・メディアとDD・トーメは同室。コーラ・ラスターは一人部屋に入った」

 初日は問題なしってところか。ジン・ルファスは自室の、お気に入りの椅子にどっかりと座っていた。ローテーブルを挟んだ向かい側にはカジカが座ってお茶を飲んでいる。

「三人とも、『第七』の設備にびっくりしているようだったな」

 ジンも、ふくよかな香りを漂わせるお茶を口に含んだ。タイカンが誇る『第七』だ。いくらニーレに古い歴史があるといっても、現代の教育機関の施設をくらべたらその差は歴然としているだろう。近代的な教育を受ける機会に恵まれたことは、あの三人にとって替えがたい財産になるに違いない。

 講堂の一番後ろからジンは三人を見ていた。今回の受け入れにあたってはカジカを責任者として立てているが、書類上の責任者はこのジン・ルファスだった。

 ジンの父親は、タイカンの経済を司る省庁の大臣だ。タイカンでは伝統的に子供は親の後を継ぐ。例外はあるものの、タイカン人にとって家業を継ぐことは至極当然のことだった。政治家の仕事も同じことで、それは家業として子孫に受け継がれていた。

『第七』をトップクラスの成績で卒業したジンは、父親の跡を継ぐべく現在政治の世界に足を踏み入れたところだ。『第七』に対しても深い思い入れがあり、同窓委員会の代表理事を務めている。

 タイカンとニーレの狭間にある鉱山を巡って発言を強めている軍部と、ジンの父親が率いる経済政策省は犬猿の仲だった。

 経済は生き物のようなもので、国内外多くの関係先との係り合いで動いていく。介入は可能だが、すべてをコントロールすることは不可能で、だからこそ関係各所との情報共有が欠かせないし、時には協力して問題を解決していく必要がある。強く主張する必要がある局面と、一歩引いて相手に花を持たせる局面を見極めることが重要である。ジンの父親は建国間もないタイカンの経済を安定させるために、さまざまなところでバランスをとることに腐心していた。

 だが、軍部の人間はそんなことは考えない。経済の重要性を無視してパワーゲームに注力する彼らは、一面から見れば国のウィークポイントだ。経済が立ち行かなくなったら国が傾くというのに、彼らは柔軟な考え方を嫌い、己の影響力を誇示しようとばかりしている。

 ニーレの若者を留学生として受け入れる計画は、ジンの父親を中心に立てられた。鉱山をめぐる懸案がこれ以上表面化してしまったら、今あるニーレとの間の経済的バランスが崩れかねない。また、鉱山からの実入りは無視できない規模で、経済政策省としてはマカン王にそこに目を付けられたくなかった。ひっそりと静かに収益を上げてきた現状を維持したい。が、経済的なものとは違う視点から物を見る軍部の主張はだんだんと声高になりつつある。

 軍部を牽制しなければならなかったが、弱腰だと批判されるのも避けたい。そんな状況の中、融和を表面に押し出せる第一の方策として、今回の交流が考え出された。関係者であるアール・メディア一人を国に招いたからといって何かが変わるわけではないのだが、ちょっとした時間稼ぎにはなるだろう。といって、ジンの父親が旗を振ると軍人たちを刺激してしまう。だから『第七』の同窓会が独自に三人を招聘するという建前をとった。さらに、代表理事ではあるが経済寄りのジンが表立って動くことも避けることにした。軍部に付け入る隙を与えるわけにはいかない。

 受け入れ先の責任者はジン・ルファスだが、ジンは細かな采配を、同級生だったカジカに任せることにした。カジカも同窓会の理事であり、父親は教育省のお偉方だ。この仕事をするのにうってつけだった。

 カジカはいい人間だ。育ちがいいため少々脇が甘いところもあるが、ニーレからの留学生三人の面倒くらいは見られるだろう。それに『第七』で学ぶようなタイカン人は家柄もよく、人間的にも優れているのだから、留学生三人にとっても居心地はいいはずだ。

 それでも今日ジンが『第七』に様子を見に行ったのは責任感からだった。父親から、三人が一年間をつつがなく、平和裏に過ごせるようにくれぐれも目を配れと言われたのだ。父親の右腕となり、将来的には跡を継ぐジンにとっては、初めて任された仕事だったし、なによりもジン自身が自らの目で受け入れを確認したかった。

 しかし、そんなジンの心は、今一人の人物で占められつつあった。レセプションに向かう時には片付けなければならない役割の一つと割り切って行ったのに、今では遠目でしか見られなかったことを残念に思っている。

「いやあ、僕はコーラ・ラスターの可愛らしさにびっくりしたよ」

 カジカが垂れ目気味の目をさらに下げて笑う。

「民族の違いっていうのは侮れないね」

「そうだな」

 遠目からでもわかったコーラ・ラスターの美しさをジンも頭に浮かべた。小柄な体をニーレ伝統の衣装に包んでいた。薄い茶色の髪の毛はふわふわとしていて、タイカン人にはないものだった。化粧がうまいのか、ぽっとピンク色の頬が人目をひき、それ以上に、遠くからでもわかる瞳の青さが印象的だった。

「アール・メディアは…なんだかぼんやりとした感じだったね」

 ジンも同じ印象を抱いていた。三人の中で一番長身のアール・メディアは、厚みのない体の、ひょろりとした青年だった。プラチナブロンドに目元が隠れているせいで感情がうかがえず、これが本当に継承権を持つ若者なのかと思うほど、覇気が感じられなかった。隣にいたDD・トーメと対照的だったから、余計にそんな印象を受けたのかもしれない。

 どうしてだか、頭の片隅から離れなくなったDD・トーメ。彼の目は、周囲を警戒するように光っていた。

「DD・トーメって子も、コーラ・ラスターに劣らず可愛らしかったね」

 カジカの言った『可愛らしい』の一言に、ジンの脳みそは瞬間動きを止める。DDを初めて見た時から胸にあったものを、言葉が実在にしたからだ。そうだ、彼は可愛らしかった。十九歳と聞いていたが、外見はもっと幼かった。漂わせるエネルギーと、その見た目のギャップが、どうしてか強く心に焼き付いている。

「DDっていうのは何かの略か?」

 お茶を飲みながらさりげなく聞く。

「書類上もDDになってるし、アール・メディアもコーラ・ラスターも『DD』って呼んでたけど。どうなんだろうね?」

「奇妙な名前だ」

「僕たちからするとね」

 カジカは二人の間にあるテーブルの上に置かれていた書類を手に取った。うん、やっぱりDDって書いてあると確認してから、いたずらっぽく笑った。

「ねえジン。ニーレには伝統的な体術があるって知ってる?」

「ああ、聞いたことがある。オンジュとかいったか?」

「そう。老若男女が体得していて、女性でもマスターになれば大男を倒せるとか。その総本家がコーラ・ラスターの実家だっていうんだよ」

 カジカは笑ってジンに書類の一部分を指し示した。そこにはコーラ・ラスターがその体術の師範代だと書かれていた。

「あの子が?体術を?」

 ジンもその意外さに眉を上げる。

「ね、笑っちゃうよね」

 あんな華奢な子が師範代なんて、オンジュってどんな体術なんだろうね。カジカはカップから立ち上る湯気の向こう側でくすくす笑っていた。


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