16:能あるキノコは
ズミン・イナミは善い人間だった。だから、コーラの部屋に男たちが忍び込んだことをDDに知らせたし、コーラとDDの雲隠れについて黙っていてくれとアール・メディアに頼まれた時には、今までのコーラへの仕打ちを見逃がしてきた己を恥じたから黙っていることに同意した。そして今、ズミンは罪悪感に苛まれている。ジン・ルファスとカノメ・カジカの憔悴ぶりが際立ってきたからだ。焦る先輩の姿を見るたびに居心地の悪さを覚えていたズミンの忍耐は、DDとコーラが行方をくらませてから二週間後に限界に達した。
「もう見ていられません」
ズミンは、『第七』の空き教室でアールに訴えた。
ジン・ルファスとカノメ・カジカは、『第七』に通っている学生にとって最も身近であり、最も尊敬できる先輩二人だった。成績優秀、公明正大という評判で、しかも容姿に優れたジンは、女子学生のみならず男子学生からも絶大な支持を集めていた。ジンがたまに校舎に顔を出すと、学生たちが集まり、遠まきにではあるがきゃっきゃと盛り上がっていた。
カジカも同じだ。人当たりがよく、いつも笑顔を絶やさない人柄。つるりとした肌と清潔感のある雰囲気は、いかにも上流階級の子息然としていて人目を集めたし、それ以上に彼は実際に学生たちの相談に乗り、近くで学校生活を支えていた。
そんな二人が、今回の出来事で見る影をなくすほど憔悴している。多くの学生が自分たちの行いに罪悪感を抱き、ズミンもその例にもれず、しかも彼女はほかの学生の知らないことを知っていたので余計に静観できなくなっていた。
「ルファスさんもカジカさんも尊敬できる方なんです。けっして悪い人じゃありません。きっと心から二人のことを心配していて、申し訳なく思っていて、今一生懸命動いていると思うんです」
アール・メディアと話すのは二回目だった。ズミンはアールのことを全くと言っていいほど知らない。DDと違って、全く接点がないからだ。本来であれば知らない男性と二人で、しかも外国人と話すなんてズミンには考えられないことだった。けれども、DD達に帰ってきてほしいと伝えられるのはアールのほかにはいない。
長い前髪に隠されて目が見えず、無表情で、何を考えているのかわからない相手を前に、ズミンの背は小さく震えた。
アールの表情が変わるのを見たことがない。DDもコーラも、どちらかといえば表情豊かで親しみを感じさせるが、アールはDDたちといるときでさえ表情を変えない。いつもなんとなくそこにいて、ぼーっとしている。言ってしまえば、アールはDDたちのおまけのような印象だった。
とっつきにくい相手に、口の中が乾く。胸の前で手を組み合わせ、ズミンは緊張しながらアールを見る。
しばらく待ってもアールは何も言わず、そこにぬぼっと立っている。言葉が通じてないのかと思いかけて、そんなわけはないと思い直し、おそるおそる言った。
「もうそろそろ、DD達に戻ってきてもらうわけにはいきませんか…?」
他に人のいない教室に自分の震える声が響き、やっぱりでしゃばらなければよかったと後悔したとき、アールの口元が動いた。
え?わら…ってる?
見たことのないアールの笑顔を脳が処理するのに少々手間取ったが、間違いなくアールは笑っていた。にっこりと。すると彼の印象ががらりと変わった。さっきまでとは別の人物が目の前に立っていた。
「そうですね。潮時かもしれません」
何かを振り払うようにアールは軽く首を振り、その拍子に前髪が揺れて、ズミンは遮るもののないアールの目を瞬間見た。鮮やかな緑色の目。それは戻ってきた前髪にすぐに隠れてしまったが、アールはさわやかに笑っていた。
「あなたに心労をかけてしまって申し訳ない。すぐにDDに連絡をとることにします」
そう言ってアールは小首をかしげた。木偶の坊のようだった雰囲気はかなたに吹っ飛び、そこには柔らかな空気をまとった男がいた。
「そのブレスレットはDDが?」
ズミンの左手首についているブレスレットを指している。
「え、ええ。DDがニーレで流行ってるって教えてくれて」
なぜだか恥ずかしくなり、ズミンは右手でブレスレットをそっと隠した。
「かわいらしい。よくお似合いですよ」
よくお似合いですよ?女性を褒めることに慣れている口調で躊躇なく言われ、そんなことを言われるのは初めてで、顔に血が上るのを感じて余計に恥ずかしくなる。
「あ、ありがとうございます」
しどろもどろに答えたズミンにさらに笑みを深くしたアールは、軽く会釈して教室を出ていく。その後ろ姿を見送った後、たっぷり数分立ち尽くして、ズミンは椅子に座り込んだ。
「なんなの、あの人…」
DDといいアールといい、ニーレの男はみんなあんななのだろうか。ズミンは熱くなった頬を両手で抑えて息を吐いた。




