15:小商いは身を助く
タイコ・オオマはDDのビジネスパートナーだ。
『第七』に来てすぐ、DDは女子学生たちの飾り気のなさに目を付けた。ニーレの伝統的な衣装を身に着けているコーラを、女子たちは羨望のまなざしで見ていた。それはそうだろう、年頃の女の子たちなのだ。軍服を思わせるグレーの制服は、全員揃いのときにはさして気にならなかっただろう。が、コーラの、柔らかな色目の、体に緩やかに巻き付けている衣装は、彼女たちに自分を客観視させた。かっちりとした飾り気のない制服と、柔らかに揺れる布地の対照。
コーラはアクセサリーもどっさり身に着けていた。彼女たちの目を奪ったそれを、DDは売り込むことにした。制服を変えることはできないが、控えめに身に着けるアクセサリーならハードルは低い。
DDは自分の手首にシンプルなブレスレットを付けておいた。いつも遠巻きに見ている女子の一団にさりげなく話しかける。きっかけはなんでもいい。あの教科のテストはいつだったかな?あの教授は何て名前だったっけ?女の子たちは、タイカンの男性とは違った見た目のDDと接するチャンスを逃さない。その中で、DDは、地味ではあったが落ち着いているズミン・イナミと、特に言葉を交わすようになった。
「ニーレの男性はみんなそんなアクセサリーを付けているの?」
顔見知りになってすぐに、ズミンはDDのブレスレットに興味を示した。
「そうだね。これは彼女にもらったんだ」
感じよく笑って、手首を振って見せる。DDがつけているのは、シンプルなコードに小さな貴石のついているブレスレットだった。
「今流行ってるんだ。コードも石も、いろんな色があってね。好きな組み合わせで自分だけのブレスレットを作ってもらって、恋人にプレゼントするんだよ」
他の人とはかぶらない、自分だけのオリジナル。ズミンの目が輝く。
「とってもかわいいわ」
「そうでしょ?俺の彼女の目の色が、この宝石に似てるんだよ」
架空の彼女の目は黄色っぽい茶色。それに合わせてコードは鮮やかな緑色を選んだ。
「マカン王の結婚記念日がもうすぐでしょ?ニーレではその日に合わせて女の子が男の子にこれを贈るんだ。ステディな相手にあげるのはもちろんいいし、この機会に片思いしてる男の子に渡す女の子もいるよ」
「…なんか素敵だね」
「でしょ?」
マカン王の結婚記念日云々はDDの創作だ。マカン王に近いタイカンなら、そんなストーリーが下地にあった方が受け入れられやすいだろう。
「石もついてるし、高そう…」
「そんなに高くないよ。石にもよるけど、こんな小さい宝石だから、おもちゃみたいなものだよ」
DDはコードを引っ張って見せる。
「このコードも、ちょっと強度のあるヒモってだけだから」
小首をかしげてズミンを見る。
「好きな人がいるの?」
顔を覗き込まれたズミンは、ぱっと頬を赤らめた。
「そんなんじゃないんだけど!」
「照れることないよ。好きな人いるって幸せなことじゃない」
よければいくつか見本を見せるけど。どう?柔らかく誘うDDに、ズミンは恥ずかしそうに頷いた。うん、見たい。
DDは静かに商売を始めた。国から持ち込んでいた商品見本と、色とりどりのコード、小さくて不揃いな宝石たちをまずはズミン、それからその友達に見てもらい、注文を受ける。同時に、製品に仕立ててくれる請負を探す。
父のマヌハンデュラからタイカンの情報は仕入れていた。首都のはずれに、手仕事で有名な一帯がある。今もそこには、家事や育児と並行して行える内職として仕事を請け負う女性がたくさんいる。DDはそこでタイコ・オオマと知り合った。
DDはタイカンの法律に則って契約書を作り、タイコ側に示した。細かな点をお互い納得いくまで詰めてから、仕事を依頼した。小口の依頼だからこそ、信頼が大切だ。なあなあで始めると、ビジネスが大きくなった時に齟齬が目立ち、揉める原因になる。
女性の仕事場へ、時間を作って足しげく通うこともした。窓口はタイコだったが、受注が増えてくればもっとたくさんの女性たちに仕事を受けてもらうことになる。DDは働く女性たちと仲良くなった。人の懐に入り、スムーズにことをすすめるのはDDの得意なことだった。
ズミンと友人たちにブレスレットを納品してからは、目論見通り雪だるま式に注文が増えていった。マカン王の結婚記念日が迫ってくると、注文はさらに増えた。男子学生にプレゼントするだけでなく、自分でつける女子たちも出てきた。恋人とお揃いで注文してくる子もいた。
そんなわけで、DDはタイカンに来てから数か月で小銭を稼いでいた。ズミンがコーラの危機を知らせてくれたのも、この商売があったおかげだ。
姿をくらますといっても、宿泊施設に泊まったらきっとすぐに見つかってしまう。あの日、狭くていいからしばらく部屋を貸してほしいとDDが訪ねたとき、タイコはすぐに作業場の一室を掃除してくれた。理由を聞くことなく動いてくれた礼を言うと、タイコは豊満な体をゆすって肩をすくめた。
「商売に大切なのはなにより信用だろう?」
その通りだ。DDはタイコとの出会いにも感謝した。
下町のそのエリアには、『第七』に通う学生たちとは違う階級のタイカン人が住んでいた。いわゆる庶民。生活に余裕はなく、毎日を送ることも大変な人たちもいる。エネルギッシュで、どこかニーレを思い出させる人々と、コーラもすぐに打ち解けた。子どもたちは好奇心丸出しで二人にくっついてきたし、女たちも初めて間近に見る外国人に興味津々だった。
男たちは少なかった。タイコの夫も、多くの働き盛りの男同様、出稼ぎに出ているということだった。その点でもDDは重宝された。ちょっとした力仕事に駆り出され、多くの人と知り合った。毎日どこかの家に呼ばれて食事をさせてもらい、たくさん話をする。「もう、すごく楽しいから、ずっとここにいてもいいんじゃない?」とコーラが言うほど、ふたりはそこでの数日を楽しんだ。
そんな時間にも、もちろん終わりが来る。DDのもとに知らせが訪れ、その翌日、ジン・ルファスとカノメ・カジカが現れた。