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異国の扉の海の日の  作者: うず
14/15

14:食べてもおいしくありません。

 それからも、ジンはほぼ不眠不休で働いた。関係各所に連絡を取り、公にならないよう気を配りながらも捜索の域を広げ、いじめに関わったと判明した学生を処分し、『第七』の学生たちに対する意識改善策を実施した。

 その中でも一番の前進は、襲撃犯の一人が逃げ込んだ寺に圧力をかけ、男を引きずり出すことに成功したことだった。しかし男への聞き取りは実りあるものとはならなかった。

「確かに私は罪を犯しました。不法侵入と傷害、強姦未遂で罪に問われるのならそれは認めます。けれども留学生を誘拐したという疑いについては、私には関係ないことです」。脅したりすかしたり、手を変え品を変え男に聴取を行っても、返ってくる言葉は同じだった。人からカネをもらってコーラ・ラスターの部屋に忍び込んだことについては認める。しかしそのあとは入ってきた男に倒されて意識を失い、気が付いたら実家の寺の前だったというのが男の一貫した説明だった。

 そんなことが信じられるか、二人の行方を知っているはずだと暴力ぎりぎりの手段で問い質しても、男は誘拐については何も知らないと繰り返した。ジン自身も男の聴取に立ち会ったが、嘘をついているようには見えなかった。

 コーラ・ラスターの部屋で男が意識を失ったのは本当だ。が、実際は、男が目を覚ましたのは、首都のはずれを流れる川のほとりだった。寒さで目を覚ました男が見たのは、自分を取り囲む野犬の群れだった。というのは大げさで、実際は野良犬が数匹、好奇心で男に寄って来ていただけだったのだが、男は心底震え上がった。

 コレナニ?

 ニンゲンダヨ。

 ニンゲン?ヘンナニオイ。

 クサイネ。

 ツヨイ?

 ナニカモッテレバツヨイトキモアルケド、コノニンゲンハナニモモッテナイカラキットヨワイ。

 オイシイ?

 タブンオイシクナイ。

 ふんふんと鼻を鳴らしながら犬たちがコミュニケーションをとっている横で、意識を取り戻す。寒さにぶるりと胴震いした男が一番先に見たのは、鼻面だった。間近にある動物の目は明け方の薄明りの中で光って見え、大きく開いた口からは犬歯がのぞき、口の脇からはよだれが垂れていた。周りにいた数匹が低く唸り、近づいて来る。

 「く、来るな!」男は尻であとずさり、必死に訴えた。寒さと恐怖から、歯がガタガタ鳴った。広い河原には人影などあるはずもなく、尻の下にはごつごつとした大小様々な石。後ろに進もうと足を動かすけれど、安定しない石を蹴るだけで余計に焦る。その間にも犬たちが距離を縮めてくる。

 男は絶望的な気持ちの中悟った。

 世の中には、やっちゃいけないことがあるのだ。

 やってはいけないことをした者がそのあとどんな報いを受けようと自業自得だと知らんぷりできる人間がいるのだ。人を野生動物のうろつく場所に置き去りにして顧みない人種が。

 男は河原のごつごつとした石で尻の皮を剥きながら後退し、冬の冷たい水の中に逃げ込んで犬から逃れる。

 悪ぶっていても、結局田舎のボンボンだ。人を傷つけたことはあっても、傷つけられたことはなかった。そんな男が、自分の身に本当に危険が迫るという状況に接し、近づかない方がいい存在がいることを肌身で経験したのだった。

 というわけで、命からがら逃げだした男の供述は解決の糸口にならない。ジンはどんどんやつれていった。目の下のクマは濃くなり、無精ひげが口元を覆い、苛立ちだけが募る。時折セイン・ジャメックスが姿を見せるのもプレッシャーになった。特に何を言うわけでもなかったが、彼は、事態に進捗があったかどうかを一日に数回確認に来た。直接言葉を交わすことはなかったが、セインの視線はジンをとらえて離さなかった。

 逃げるわけにはいかないと背水の陣で臨む。刻々と垢にまみれていくジンを気の毒に思ったのは、ズミン・イナミだった。


「姉ちゃん、すげ~!」

「うっふっふっふ、そうでしょ~!」      

「うん!すげーかっこいい!!」

 よく晴れた日中。冬の匂いは、ニーレでもここタイカンでも同じなんだとDDはぼんやり思う。井戸の周りでコーラが数人の子どもたち相手にきゃっきゃ遊んでいる。オンジュ教室と称して毎日子どもたちと接しているコーラは、すっかり人気者になっていた。

「俺もできるようになりたい!」

「僕も!」

「私も!」

「うんうん、そうしたら毎日練習しようね」

 助走なしでトンボを切ったコーラに、子どもたちが憧れの視線を向けている。コーラは天使の笑顔だ。

「いやあ、ほんとにコーラちゃんはすごいねえ」

 DDの隣にいたタイコが腕を組みながら言う。そうですね、と相槌を打ちながらドアの枠にもたれたDDは考えていた。

 ここに来てすぐに、DDはコーラと話した。どんなに鍛えていても、弱点になりうる「女性性」からは逃れられず、そこに付け込もうとされれば心は傷を負う。DDはコーラが心配だった。

 コーラは物事を茶化すのが得意だ。深刻な事態を深刻に扱うのが嫌いなのだ。そんなコーラも、しかし今回は、DDの目を覗き込みながら言った。

「自分の役割はわかってるつもり。できることをやるだけだよ。大丈夫、DDがいてくれる」

 そう言って少し唇を歪めた。

 どんなに曲げられても元に戻る蔓性の植物のように、コーラは柔軟だった。そしてきっとコーラは、傷ついたのが自分でよかったと思っている。

 コーラのベッドの上、三人で話し合った。

 自分たちがタイカンに来たのは、両国の融和が目的だったはずだ。相手に建前だけでも保つ気がないのなら、こちらがおとなしくしている必要もない。このまま事態が悪化していくだけかどうか見るためにも行動に出る。

「やられっぱなしは性に合わないしね」

 大局も大切だけど、イスラ・クーダにもその取り巻きにも、実行犯たちにも腹は立つ。事態を直視しない受け入れ責任者たちには一泡吹かせてやろう。

 コーラの部屋に侵入してきた男を一人だけ河原に放置してきたのは思い付きだ。DDたちがいなくなったら、探す方はまず襲撃した側が関与していると思うはずで、捜索は迷走するだろう。アールは残る。継承権のある人間が行方不明になったらすぐに国家間の騒動になってしまうからだ。計画を話すDDにコーラは不思議そうに言った。

「行く当てあるの?」

 三人にはタイカンに知り合いなどいないのだから当然の疑問だ。が、DDはニヤッと笑った。

「商売人は顔が広いんだよ」

 で、今ここにいる。

 DDとコーラがタイコ・オオマの作業場に転がり込んで数日が経っていた。下町と言えば聞こえはいいが、ここは収入の少ない人々の住むごちゃごちゃとした一角だった。このごちゃごちゃ加減がDDとコーラには居心地いい。ニーレはどこに行ってもこんな感じだから。

「さて、そろそろ夕飯の支度をする時間だよ。手伝ってちょうだいな」

「はーい、今日は何にしますかね」

 体をゆすって動き出したタイコの後をDDは追った。


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