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異国の扉の海の日の  作者: うず
12/15

12:自己嫌悪と自己嫌悪と自己嫌悪

『第七』の一室で、ジンはアール・メディアと向かい合っていた。カノメ・カジカも同席している。

 あれから丸二日が経過していたが、コーラ・ラスター、DD・トーメ、それにコーラを襲った男一人の行方は依然として不明だった。

 ジンの気分は最悪だった。己の愚かさを思い知らされる数十時間だったのだ。

 今まで疑いもしなかった価値観が、いかに子供っぽい思い込みだったのかを知った数十時間。

 タイカン人には卑怯者はいないだと?

 ことが明らかになるにつれて、穴があったら深く潜って出てきたくなくなった。DDに胸を張って言った自分が心の底から恥ずかしかった。まともな大人ならわかっているはずのことを妄信していた。のみならず、他人に押し付けてもいた。

 調査によると、コーラ襲撃は軍部のトップであるクーダ大将の娘、イスラ・クーダが裏で糸を引いていたということだった。彼女は寮の女子学生を使って、執拗にコーラに嫌がらせを繰り返していたという。学内でも大なり小なり、DDたちに対する子供のするようないじめがあったと聞いたとき、最初は耳を疑った。我が国の誇る『第七』の学生が、これから国を背負って立つ人材が、建設的でない行為をしていたなどと認めたくなかった。しかし、実際に起きたことに間違いはなかった。

 順番に呼び出された学生たちは聞き取り調査に素直に応じたが、一様にもじもじと居心地悪そうにしていた。積極的に証言をする人間もいない代わりに、『何もしていない』『何も知らない』とは、さすがにどの学生も言わなかった。自分には関係ないけれど、こんなことがあったらしい、という控えめな申告から、ジンは物事の輪郭を掴み、そこからずるずると引き出される詳細に愕然とした。

 特に、コーラに対するイスラ・クーダの執着はひどいもので、彼女は、学内だけでなく学外の関係者も出席した昨日の聴聞会で、目を見開いて訴えたのだった。

「私はパパのため、軍部のため、ひいてはこの国のためにやったんです。ニーレなんてタイカンの足元にも及ばない小国でしょう?今後のことも考えて、上下関係をわきまえない田舎者に教えてあげたんです」

 聴聞会出席者からは深いため息が漏れた。同席していたジンは真っ赤になった。なぜなら、イスラ・クーダと自分は同じ穴のムジナだったからだ。

 まだ学生である娘のしたことだったため、彼女の失態が父親の足を実質的に引っ張るまではいかなかったが、雰囲気は変化した。幅を利かせていた軍部の態度が少し小さくなり、声高にニーレを批判する集団は風見鶏になった。

 ジンは父親にこっぴどく怒られた。「きちんと目配りしておけと言っただろう!!」。激昂した父親に、行方不明のコーラとDDを見つけるまでは職務に復帰するなと言い渡された。政治的な空気は、結果的にはジンの父親に有利な方へ向いたが、その代わり、預かっている外国の若者の安全確保というもっと大きな問題を抱えることになってしまったのだから、その怒りは当然だった。

 DDの、冷たい視線を思い出し、ジンの体からは血の気が引いたままだ。『怒っているところもかわいい』なんてよくも思っていたものだ。

「二人が連れ去られたのは間違いないのでしょうか?」

 ジンは苛立ちも露にアールに尋ねる。精神状態が隠せないジンに対して、アールは落ち着き払っている。この、自分よりも年少の男の印象ががらりと変わったことも、ジンを混乱させていた。

 妙な胸騒ぎがして女子寮に行ったのだとアール・メディアは言った。男子禁制の規則はもちろん知っていたが、自分は勘が鋭く、コーラに何かあったのではと心配になったのだと。「町で襲われた件について、そちらからの報告も一切なかったので」と言われてしまえば、ジンもカジカも黙るしかなかった。DDと二人、コーラ・ラスターの部屋に駆けつけてみると、そこには男が四人いた。自分は一人男を倒したところで、部を殴られて意識を失った。気が付いた時には、四人いた男のうち三人が自分同様床に転がっていて、コーラとDD、それに襲撃者のうち一人の姿がなかったのだとアールは説明した。

「連れ去られたのかどうか、私にはわかりません」

 アールはそう言ったが、襲撃者のうちの一人が確かに姿を消しているのだ。捕まえた三人を尋問したところ、四人でコーラ・ラスターの部屋に忍び込んだと供述した。消えた男の身元も特定されているが見つからない。

 女子寮の学生たちに聞いても、誰も何も目撃していないという。

 あれから三人の行方は杳として知れない。八方手を尽くして探しているが、吉報は届かない。

 DDの消息がわからない。ジンは無精ひげの伸びた頬をざらりと撫でた。心を傾け、妄想を膨らませ、人を思う一方的に幸福な時間に浸っていたのが、急転直下、安否すらわからなくなってしまったのだ。理由のない思い込みはジンの専売特許だったが、ここでもそれがジンを苦しめていた。

「国の関係者に連絡をとりました」

 座っているのが辛くなり立ち上がったジンに、アールがぼそりと告げる。一瞬動きを止めてアールを凝視し、それからジンは肩を落とした。

 二人がいなくなったのだ、アールの行動は当然で、何ら非難を受けるいわれはない。が、瞬間胸をかすめたのは「やられてしまった」ということで、それに気付いたジンはまたも自己嫌悪に陥る。本来ならば自分が動いてニーレに連絡するべきだったのだ、それなのに現実から逃げて、もう少しだけ、もう少しだけと先延ばしにしているうちに、不誠実と言われても仕方のない対応になってしまっている。

「国の、どなたに…」

 カジカがおそるおそる尋ねると

「私たちの兄のような人です。先行きが不透明なので、まずは動ける人に報告だけ済ませるべきだと思いまして」

 アールは、質問したカジカのほうではなく、ジンに顔を向けて答えた。ひょろりとした体形の、コーラ・ラスターやDDに比べて印象が薄く人畜無害そうだと思った相手が、今まるで違う人間のようにジンには思えた。目元は前髪に隠されていたが、その視線は間違いなくジンを射抜いており、「問題を解決するのはお前の責任だ」と言っていた。その迫力に、ジンはまた冷や汗をかく。


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