11:いろんな意味で、日常が終わりを告げる
「どんな意味なんだろうな」
DDの身上書に目を落としてジンはひとりごちる。あれからずっとDDのことが頭を離れなかった。怒りを含んで向けられた視線を何度も思い出し、そのたびに、その目が柔らかく細められるのを想像した。怒っているのもかわいかったが、笑ったら、特に、俺を見て笑ったらどんな感じなんだろうか。
名前の由来を知りたかった。
十九歳のDDが今までどんな風に育ってきたのか、何が好きなのか、何に興味があるのか。そればかりに思いは巡る。
町でコーラ・ラスターに絡んだという男たちへの聴取はカジカに任せていた。その報告を受けたら自分でDDに伝えに行くつもりだ。会う口実があり、近いうちに会えるという確定事項がジンを浮足立たせていた。
自室の、お気に入りの椅子に深々と座り込んで、目を閉じる。
DDはタイカンに来てまだ数か月だ。いろいろなところを案内してやりたい。新しく作られたテーマパークはどうだろうか。ジン個人としては子供だましのような場所には興味はないが、DDの国にはないものだ、はしゃぐ姿が見られるかもしれない。
もうすぐ二十六歳になるジンは、体格に恵まれた人目を惹く容姿で、昔から付き合う相手に困ることはなかった。引く手あまただったし、それなりに経験も積んできている。が、こんな気持ちになることは初めてだった。
DDが男だからか?もしかしたら俺は男の方が好きだったのか?
今まで恋愛対象として男性に目を向けたことのなかったジンは、背もたれに首を預け、考える。男が好きだと思ったことはないし、男相手にはどんな経験もない。けれどもDDのことを思い浮かべるとなぜかふわふわとした気持ちになり、自然と口角が上がってしまう。
濃い茶色の髪には、ところどころ金色が混じっていた。瞳も同じような色合いだが、近くから覗き込んだことはないので実際はどんな色なのか知らない。背はジンよりずっと低いが、ニーレ伝統の体術とやらのおかげか強靭そうな体つきをしている。しなやかそうな体に腕を回したら、どんな感触なんだろうか。
顔が見たい。会いたい、話したい。と、そう思ったら居ても立ってもいられなくなって意味もなく椅子から立ち上がったところで、誰かがドアをノックした。強く、速く五回。
タイミングよくカジカが報告に来たのか?
大股に部屋を横切り、勢いよくドアを開ける。と、そこには望んだ通り、カジカが立っていた。きっと男たちに聴取した結果を知らせに来たのだろう。朝早い時間だったが、職務に忠実な態度は好ましい。
「待ってたぞ」
気色を浮かべたジンは、そう言ってからカジカの異変に気付く。いつもの糸目は変わらなかったが、はくはくと口を動かし、両手は何かを探すようにふるふると揺れていた。
「ジン・・・」
期待と違うカジカの様子に、いやな予感が胸をかすめた。
「なんだ」
「コーラ・ラスターが…」
カジカはまるで体の前にある何かを拭くかのように動かしていた手をぴたりと止めた。
「コーラ・ラスターがどうした」
「い、いなくなったんだ」
「いなくなった?」
どういう意味だ?ジンは眉間にしわを寄せる。
「いなくなったってどうして。どこに行ったんだ」
「イスラ・クーダが」
イスラ・クーダ?軍の上層部、クーダ大将の娘だと記憶しているが、その娘がどうしてここで出てくるのか。眉間にしわを寄せたジンの前で、また意味なくカジカの手が動き出す。
「おい、カジカ」
ジンはカジカの両肩を掴むと、一度ぐらっと揺すった。
「落ち着け。何があったのか順番に話してくれ」
カジカは一度ごくんと唾を飲み込む。それから言った。
「イスラ・クーダが女子寮に男を引き込んだ。襲われたコーラ・ラスターが男と一緒にいなくなったんだ」
「男?男って?」
「誘拐されたかもしれない。DD・トーメの姿もないんだ!」
DDの名前を聞いた途端、脳みそに血が流れ込む。ジンはスリッパのまま部屋を飛び出した。