わたくし、悪役令嬢なんですって
美しいと思った。
彼女が怪我をした小鳥を闇魔術で治療するのが。
この国では闇魔術は、人を操ることも出来ると差別されている。
でも、彼女の闇魔術はそんな風には見えない。
怪我を治す魔法なんて、まるで…。
「聖女様みたいだ」
その言葉に彼女は反応した。
僕が後ろにいたこと自体今気づいた様子で、彼女は顔色を悪くする。
そしてその場から逃げようとする彼女に、僕は慌てて声をかけた。
「待って!」
彼女は律儀にも立ち止まる。
「君の闇魔術はとても素晴らしいね」
「え…」
「僕はロビン、この国の第一王子!君は?」
「わたくしは…シエルですわ」
その名前は、確か…今日初めて会う予定の、僕の生まれついての婚約者の名前。
「君が僕の婚約者!?うわぁ、嬉しいなぁ!僕、君みたいな素敵な子と婚約してるんだね!とても嬉しい!」
「ですが…わたくしは闇魔術を操りますの。幻滅なされたでしょう?」
「幻滅?どうして?とても素敵だったよ!」
彼女はその言葉に、グシャリと顔を歪めた。
綺麗な雫が彼女の目からこぼれ落ちる。
「そんなこと言ってくださったのは、殿下が初めて。だから本当に嬉しい。でも」
「でも?」
「殿下はやがて、わたくしを捨てて他の女性を選ぶのです」
「どうしてそう思うの?」
「わたくしに付き纏う亡霊が、そうだと言うのです」
首を傾げると、彼女は言った。
「わたくしには幼い頃から亡霊が付き纏っております。母の死を予言し、父の裏切りを予言した、亡霊が」
「そんなものがいるの…?」
「はい」
彼女は悲しげに目を伏せて言った。
「わたくし、悪役令嬢なんですって」
彼女の話によると、彼女の父は浮気して外に女との子供まで儲けていたらしい。
そして彼女の母は最近亡くなった。
彼女の母の死後、彼女の父は愛人を呼び寄せ子供を認知した。
今彼女は、闇魔術の使い手であることもあって父と継母から虐げられている。
それを予言した、彼女にしか聞こえない不思議な声があるらしい。
その声が、言ったのだそうだ。
僕が、婚約者である彼女ではなく。
希少な光魔術の使い手でもある、彼女の異母姉を愛するのだと。
「じゃあさ、約束する」
「え」
「もしそうなったら、僕を殺していいよ」
「!?」
「だから、君も僕を信じてみてよ!」
その日から、僕らは亡霊の予言から外れる行動を取ることにした。
「亡霊が、言ったのです。あの土地で大きな台風が近づいていると」
「それで大勢が死ぬ…んだったね」
「はい」
「そこで君の闇魔術の出番さ!」
「はい…」
隣国から迫り来る台風を前にして、シエルはお目付け役の監視の元闇魔術を使う。
彼女の闇魔術は台風を呑み込んで、あっという間に消し去った。
「…おお!素晴らしい!」
「これで闇魔術が悪いだけのものじゃないってわかったでしょ」
「はい…未来の王妃よ、今までの態度をお許しください。心を改めて、これからは誠心誠意尽くします」
こんな調子で、僕とシエルは亡霊が予言するごとに様々な悲劇を回避した。
国内の災害はもちろん、近隣諸国の災害でさえも。
結果、世界中で闇魔術への偏見が少しずつ解けていった。
僕とシエルが結婚適齢期に差し掛かった頃には、むしろ闇魔術は歓迎されるほどになった。
シエルと覆した予言は、何も災害関係だけではない。
シエルは亡霊に、これから先ずっと彼女の父親と継母に虐げられ続けると言われたようだが…それを変えた。
シエルの度重なる災害回避に、父上…国王がシエルに、叶えられる範囲で一つだけ願い事を叶えるという褒美を与えた。
その褒美として、シエルは自らを虐げる家族のもとで生活したくないと答えた。
結果、シエルへの家族による虐待は表沙汰にされ、彼女の父と継母は貴族裁判に掛けられて牢に入った。
彼女の実家…公爵家は彼女の叔母が継ぎ、叔母はいい人らしく彼女はそれ以降は愛されて育つようになった。
僕らが結婚適齢期になる頃には、叔母ではなく義母と呼ぶようになる程に。
一番の問題だった、亡霊が言うには僕が好きになるはずだったシエルの姉…シリルは叔母には引き取られなかった。
彼女の叔母は、彼女の継母が好きではなかったらしい。
なんでも彼女の叔母は、彼女の実の母と友達だったらしかったから。
だからシリルは即座に彼女の叔母の手によって貴族籍を剥奪され、孤児院に入れられた。
結果、僕と接点を持つこともなくなった。
そして今日。
僕とシエルの結婚式。
たくさんの人が僕とシエルを祝福してくれた。
けれどそこで、一悶着あった。
「通して!通して!殿下、王太子殿下!」
僕を呼ぶ声に振り向く。
薄汚れた娘が、手から光魔術を出して近寄ってきた。
「王太子殿下!私は光魔術の使い手です!シリルです!そこのシエルの異母姉です!異母妹の策略で貴方と引き離されましたが、貴方の運命の相手は私です!」
「…は?何言ってるの。僕が愛する女性はシエルただ一人だよ」
「え…でも私は、この乙女ゲームのヒロインです!異母妹にいじめられながらも健気に頑張る可愛いヒロイン!」
シエルと顔を見合わせて困惑する。
「えっと、君の父と母に虐げられていたのはシエルの方なんだけど」
「あともう少ししたら、シエルが私に嫉妬して私をいじめるはずだったんです!それを原作改変なんてして!」
「ゲンサクカイヘン?」
「とにかく私が王太子殿下の本当の運命の相手なんです!」
「…よくわからないけど、その運命はもう僕とシエルが書き換えたよ。悪いけど今からそんなことを言われても遅い」
薄汚れた娘が髪を振り乱して暴れる。
「そんな!嘘!」
「衛兵、罪人を捕えろ」
「はっ!」
「いや、離して!私は王太子殿下の運命の相手よ!」
「罪人の妄言は聞く必要はない。後日見せしめとして処刑するから今は殺すな」
命じて、シエルを振り返る。
シエルは泣いていた。
「え、シエルどうしたの!?」
「亡霊が…」
「え、うん」
「悪役令嬢ルート回避、本当におめでとう。幸せになってね、と言って…消えました」
「…!!!」
僕はその言葉に、嬉しくなってシエルを抱き上げた。
「ロビン様!?」
「良かったね!愛してるよ、シエル!」
「ロビン様、今の幸せはロビン様の…それと、あの亡霊のおかげです。敵だと思っていた亡霊は、その実わたくしの味方だった…本当に、本当に、ありがとうございます。ロビン様にも、亡霊にも、感謝しても足りません」
「ふふ、そうだね…亡霊も、よくシエルを守ってくれた。もう聞こえないかもだけど、ありがとう。シエルも、僕を今日まで信じてくれてありがとう。これからも、ずっと、愛し合っていこうね」
「はい…!」
こうして僕たちは、乱入者もいたが無事に結婚式を挙げた。
その後は二人で、幸せを噛み締めながら日々を幸せに過ごした。
亡霊と呼ばれた彼女は言った。
「いやぁ、面白いシステムだよね!」
このゲームは、とある人気乙女ゲームの亜種である。
その乙女ゲームの本編は普通の家庭用ゲーム機を使った物なのだが、そのゲームの亜種として作られたこれは全くの別物だ。
パソコンでプレイするのだが、コンセプトは繋げられたマイクに喋り掛け天の声としてゲーム内に出演すると言う物。
天の声は悪役令嬢にだけ届き、悪役令嬢を幸せに導ければハッピーエンドなのだ。
「今日はいい夢見れそう!おやすみ!」
寝る前のゲームを楽しんだ彼女はそう言って眠った。
まさか本当に、異世界の少女を自らが救ったなどとは気付きもせずに。
これはイタズラ好きの女神の、ちょっとした暇つぶしの話。
ということでいかがでしたでしょうか?
天の声さん、嫌われてましたが完全に味方でした。
天の声さんは言い方が…良くなかったかな…威厳ある神ごっこだったんですけどね。
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『悪役令嬢として捨てられる予定ですが、それまで人生楽しみます!』
というお話が電子書籍として発売されています。
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