責任の取り方
「「………………」」
葛城にバンドに誘われた日の帰り、俺と莉愛は一緒に帰っていた。しかし、俺達の間に流れる空気は微妙としか言えなかった。
「あのさ……」
「どうしたの?」
この気まずさを何とかしたかった俺は莉愛に話を切り出す。
「……怒ってる?」
「怒ってる?なんで?」
「葛城に誘われたから……」
「何で私が怒らないといけないの?」
「…………いい気はしないかなって……」
これを自分の口から言うのは正直恥ずかしかった。
「そんなことないよ」
「えっ……」
「一幸君がみんなに頼りにされるのは嬉しいことだよ。だから、全然怒ってないよ」
「…………そっか……」
事態を重く捉え過ぎていたのは俺の方だったようだ。
「でも、気にはなるかな」
「バンドに誘われることになった経緯とか?」
「うん。だって、昨日は全然葛城さんとは話してなかったよね?それが何でいきなりあんなに急接近することになったのかなって思って」
「そりゃそうだな……」
当然の反応だと思った。俺が逆の立場でも知りたくなる。
「昨日、お前が学級委員の仕事をしている間、俺は図書室で勉強してたんだ。でも、あんまり集中できなくて、顔を洗いに行こうとトイレに向かおうとしたんだ」
俺は昨日起こったことをゆっくりと話す。
「図書室から一番近いトイレに行こうと思ったら、音楽室の扉が開いていたんだ」
「音楽室って授業中以外は空いてないよね?」
「そうなんだよ。おかしいなって思って音楽室の中を覗いたんだ」
「そしたら、葛城さんがいたってこと?」
「いや、部屋には葛城はいなくてギターが壁に立てかけてあったんだ」
「それで?」
「…………気がついたらギターに手が伸びてた?」
「えっ、そこではてなマークを付けるの?」
「……自分でも理由がよくわかってなくてさ……」
「たまにあるよね。そういうこと。無意識っていうのかな」
「お前もあるのか?」
「あるよ。勉強してたらいつの間にかスマホさわってたり、気がついたら幸一君のことを目で追っていたり……」
「えっ……」
「あっ……今のナシ。いやっ……噓じゃないんだけど……」
莉愛の顔がわかりやすく赤くなり、慌てていた。こちらまで照れ臭くなってしまう。
「…………話を戻すぞ」
「……うん」
「俺はギターを弾いていたんだ。そしたら、葛城が音楽室に入って来て……」
「何それ。少女漫画みたい」
「かもな……。葛城はもっと弾いてくれって言ってきたんだけど、俺は何か恥ずかしくなって音楽室から出たんだ。それだけ」
「それで今朝に至るって感じ?」
「そうだ」
「ふーーーーん」
莉愛は気が抜けた返事をする。
「じゃあ、葛城さんと一緒にバンドをするしかないね」
「はっ……?何で……?」
「だって葛城さんのギターを勝手に弾いたんでしょ?」
「……そうだな……。それは間違いない」
これに関しては否定のしようがなかった。
「葛城さんをその気にさせたのは幸一君でしょ。だったら責任を取らないと」
「……それは……その通りではあるんだけど……」
莉愛の話には筋が通っていた。だからこそ俺は頷くしかできない。
「お前は……俺にバンドをやって欲しいのか?」
「うん。幸一君がカッコよくギターを弾いている姿を見たいなー」
「……参ったな……」
俺は頭をかく。
「でも、学園祭まで1ヶ月しかないし……。それにだいぶブランクあるんだよなぁ……」
「それは言い訳じゃない?」
「…………」
莉愛は立ち止り、俺をまっすぐ見る。
「幸一君は時間やブランクって言い訳をしたけど、本当の理由があるよね?」
「…………まったく……お前には敵わないな……」
「幼馴染だからね」
莉愛は笑顔を浮かべる。
「幸一君の音楽は『吉野 莉愛』だけのものじゃなくていいと思うんだ。そうしたい気持ちもわかるけど、きっとそれだと前に進めない」
「……ああ、その通りだ」
俺はギターという思い出を莉愛と自分のものだけにしておきたい気持ちがあったのだ。しかし、それは過去だ。過去をいくら大切にしても懐かしんでも前には進めない。
「そもそも幸一君はバンドをしたくないの?」
「…………………」
これまで色々話してきたが、結局のところそこが問題なのだ。
「さっき私はバンドをやって欲しいとは言ったけど、幸一君がバンドをしなくないっていうならして欲しくないかな。幸一君に嫌なことはして欲しくないし。ってこんなこと言ったら責任逃れしてるみたいか……」
「そんなことはないけど……」
「あと、土井先生のあの言い方は良くないよねー……」
「それは本当にそう思う。あんな言い方されれば断れないよ」
俺達は苦笑いをする。
「……ありがとう」
ポツリと感謝の言葉が零れる。
「そんなお礼を言われるようなことはしてないよ。思っていることを言っただけ」
「……少なくとも俺はそれに救われた」
「…………なら、良かった」
「……俺……やるよ……」
ようやく俺は本心を口にすることができた。
「上手くできないかもしれない」
「私は気にしない」
「大ポカをやらかすかもしれない」
「その時は笑ってあげる」
「でも……一生懸命やる」
「うん。一番近くで見てるよ」
「ありがとう」
本当に俺はダメな奴だと思う。莉愛に背中を押してもらわないと前に進めない。莉愛がいないとダメなのだ。
「さ、帰ろう」
莉愛が手を伸ばす。
「……ああ」
俺はその手を握り返した。
「幸一君って何弾けたっけ?」
「あんまり最近の曲は弾けないな……。弾いてた時も盛り上がる曲って言うよりもラブソングが多かったし」
「そうだね。やっぱり学園祭の曲って最近の盛り上がる曲ってイメージがあるなー」
「俺も。何がいいと思う?」
「ええ……急に言われても……。というかバンドって今2人?」
「多分。俺と葛城だけならギター2人だな」
「葛城さんが歌う感じなのかな?」
「最初は一人で申し込んだみたいだし、そのつもりじゃないか?」
「確かに」
「でも、これまでの葛城の行動を見て後先考えて行動してる感じがしないんだよなぁ……」
「え、バンドをやってくれる人がいればその都度増やしてくみたいな感じ?」
「……聞いてないからわかんないけど、多分」
バンドするのであれば最初に楽器などの担当を決めてからするのが普通だろう。しかし、俺には葛城がそのように動いているように見えなかったのだ。バンドの申し込みをした後に俺を誘ったのがその証拠といってもいい。
「さすがにそれはないんじゃないの?」
「それは明日聞いてみるしかないな……。とにかく今日から少しギターをさわっておくか……」
「テストのこと忘れてない?」
「……すっかり忘れてた。いや、でも……テスト明けから始めるとなると2週間ちょいでバンドを仕上げるってことになるよな……?」
「そうなっちゃうね……」
「今回のテストは捨てるかぁ……」
「勉強の時間を全部ギターにつぎ込むってこと?」
「全部とは言わないけど……」
「ゴメン。今回は何も言わない。幸一君をやる気にさせちゃったのは私だし」
「…………ま、少しはするよ」
そんなことを話しながら俺達は家に向かった。