転校生②
「なーなー」
「何だ?」
2限が終わってすぐに俺は席を立ちトイレに向かった。俺を追ってきた高見が話しかけてくる。
「転校生のこと、どう思う?」
「どうって言われてもな……。最低限のことしか喋ってないから何とも言えないんだが……」
ホームルームの後、転校生は俺の隣の席に座った。教科書を見せたりと授業に関係あることは多少話したが、それだけでは判断材料が少なすぎて何とも言えなかった。
「ただ、思ったよりはまともだなとは思った」
「そうなのか?」
「転校初日に遅刻っていうあまりいい印象じゃない状態からスタートしたからもっとヤバい奴なのかと思ってたけどそんなことはなかったってだけ」
授業中は真面目に聞いているように見えたし、教科書を見せた時にしっかりと礼を言われた。第一印象よりはだいぶ普通というのが今の彼女の印象だ。
「ま、確かにあの登場はビビったもんな」
「な。みんな鳩が豆鉄砲を食ったようっていう感じだったよな。あとは少し迷惑だと思ってる」
「迷惑?」
「だって休み時間の度に転校生のところに人が集まってくるじゃん。おかげで俺達はこうやって避難してるし」
転校生ということもあって葛城は皆から質問攻めにあっていた。隣の席の俺は肩身が狭く、こうやって教室を出ているという状況だ。
「確かに。だって、他のクラスの奴も見に来てるもんな」
「みんな騒ぎすぎな気もするけど……いや、俺も他のクラスに転校生が来たら顔を見に行ってやろうって気になるかもな……」
「俺は絶対に行ってる」
「だろうな。というかお前はここにいていいのか?仲良くなりたいんだろ?」
「いや、良くねえよ。俺だって転校生と話したいよ。ただ今、集まってるの女子ばかりだしなー……」
高見は意外と小心者ではある。俺も人のことを言えないくらい小心者ではあるが。
「ま、しばらくしたらほとぼりも冷めるだろ」
「だな……」
高見が真面目な顔で頷く。
「お前の感想を聞きたいんだけど、転校生ってどう思う?」
「ん?さっきと同じ質問だよな……。それ?」
「可愛いかって聞いてるんだよっ!!」
「あー……そういうこと……」
「どう思う?」
「…………普通に可愛いだろ」
「だよなっ!!」
高見は大きく頷く。
「あの人懐っこそうな笑顔たまんないよな。元気で活発そうな性格が茶色のショートカットに似合ってるし」
「お前、ショートカット好きだなー」
「否定する気はない」
葛城は普通に可愛い転校生だった。葛城は学年でも上位レベルの可愛さと言ってもいいほどレベルが高いというのは誰もが認めるところだろう。
「な、な、お前に頼みがあるんだけど」
「……嫌な予感しかしないな……」
こんなタイミングでくる頼みがまともなものとは思えなかった。
「彼氏いるか聞いてくれよ」
「ばっ、馬鹿野郎っ!!俺が聞けるわけないだろ」
「頼むよー。親友を助けると思ってさー」
「いつからお前と俺は親友になったんだが……」
普段は親友などという言葉は一切口にしないくせにこういう時に親友という言葉を使う奴のお願いを聞けるわけがなかった。
「本人に聞くか、質問してる女子に聞けよ」
「聞けないから頼んでるだよぉー……」
「そんな情けない声出すなよ……。ちなみにそれは狙ってるって思われるからか?」
「そうに決まってるだろ」
下心を見透かされたくないという気持ちは俺もわかるが、だからといってそれが高見の頼みを聞く理由にはならなかった。
「ほら、予鈴鳴ったぞ」
「頼むよー」
俺達は予鈴が鳴ったのを聞いて教室に戻る。予鈴が鳴ったのにも関わらず、葛城の周りには人がいた。
(……案外、転校生っていうのも大変なのかもな……)
明るく話す葛城を見て俺はそんなことを思った。
◇
「葛城さん、面白い人だね」
「そうだな。あんなインパクトのある登場は狙ってできるものでもないし」
昼休みに俺と莉愛は中庭で弁当を食べていた。話題は当然のように葛城の話になる。
「いや、登場については話したつもりじゃないんだけど……」
「あ、そうなんだ」
「というか、隣の席なのに話してないの?」
「話してない」
「何で?」
「何でって……話す時間がないからに決まってるからだろ。休み時間は人に囲まれていて話しかけることなんかできないし。そもそも聞きたいことがない」
確かに人並みに興味はあったが聞きたいことがなかった。どこから来たのかとか趣味とかを聞かれていたが、そうですかの一言で済みそうなことが多いような感じがした。
「そういうものかな……」
「俺はな。でも、高見は色々聞きたそうだった」
「確かに高見君はそういうの好きそうだね。どんなこと聞きたがってたの?」
「……彼氏がいるのかだな」
少し言っていいのかと躊躇したが、結果として聞ければ高見も満足するのではないかと思ったので俺は正直に話す。
「あるあるだねー」
「そういう質問は出た?」
「うん。結構早めに」
女子は恋愛関係の話が好きなので、だろうなと思った。
「彼氏はいないけど。恋人はいるって」
「ん?どういうこと?」
「葛城さん、音楽してるんだって。だから恋人はいらないらしいよ」
「音楽が恋人ってやつね……」
その発言が本当なら確かに面白い人というのは間違いないだろう。
「音楽って何やってるの?」
「ギターって言ってたよ」
「……ギターか……」
「それでね。学園祭に出るつもりみたい」
「マジで言ってんの?」
俺達が通っている学園祭は11月上旬に行われる。今から1ヶ月もない。テストが終わればそこから学園祭の準備に入る感じだ。転校生がそれをするというのを聞いて俺は驚きを隠せない。
「まぁ……元からギターやってるなら準備する必要はないし、できないこともないのか」
「それがね。バンドを作って学園祭に出るらしいよ」
「なかなかすごいこと考えるな……」
「だよね。実際にできるのかな?」
「どうだろ?ドラムとかいるんじゃないのか?」
「確かにバンドにはドラムはいるイメージだよね」
「そもそも経験者がいるのかって話になるな」
「ドラムの?」
「ドラムもそうだけど楽器のだな。それにやりたいって奴が集まったとしても1ヶ月で仕上げるのは無理だろうし」
「楽器って難しそう」
「人前で引けるようになるのって相当練習がいるしな。うちには軽音楽部とかないし、経験者がいるとか聞いたことないな」
「私もないかな。でも、成功して欲しいなって思うな。身勝手な理由だけど」
「何で?」
「学園祭とかでバンドやるとめっちゃ盛り上がるってイメージがあるんだ」
「俺もあるな……。去年の生徒有志って何をしてたっけ?漫才をしてたのは覚えてるんだけど」
信賀学園の学園祭は2日に渡って行われる。有志のステージは表彰式の1つ前に行われる。一番盛り上がる時間帯なのだ。
「確かダンスだったかな」
「あー……そんな気がしてきた。ただ、イマイチ覚えてないな……。その前の漫才がひどすぎたからかな……」
「あれは……見ている方も苦しかったね……」
莉愛は苦笑いをする。トップバッターで漫才をする2人がステージに上がったが、ひどすぎて体育館が冷えっ冷えだった。その後に何かをしていた記憶あったが、空気が地獄過ぎたことだけしか覚えていなかった。
「今年はあんなことにはなって欲しくないな。バンドはそういうことなく盛り上がるりそうだな」
「期待したいね」
「だな」
俺達は1週間後に迫るテストのことをすっかり忘れ、その先に行われる学園祭の話題で盛り上がった。