望み
「おはよ」
「おはよ。あれ?莉愛ちゃんは?」
「体調不良で休み」
学園に行くと高見がいつものように話しかけてくる。今朝連絡が来たが莉愛は体調不良で休むらしい。
「最近練習頑張ってたから体調崩しちゃったのかもな。ぶっちゃけ俺も練習のし過ぎで疲労感ヤバいし……」
「みたいだな……。もう1人も寝てるし……」
「ホントだ」
俺の隣の席では葛城が机に突っ伏して寝ていた。お世辞にも女子らしい寝方とは言えなかった。
「いやー、学園祭楽しみだなー」
「もう1週間ないのか……」
とはいえ俺のギターもだいぶ仕上がってきた。
(一日10時間やれば上達するというのは嘘じゃなかったなぁ……)
滅茶苦茶しんどいが俺は今の生活に久しぶりの充実感を覚えていた。充実しすぎて学園祭が終わった後に燃え尽き症候群になってしまいそうな気がするくらいに。
「んっ、んん~~!!」
俺が教科書を鞄から取り出していると葛城が目を覚ます。
「おはよおぉ……」
「おはよ。欠伸しながら言うなよ」
「早く来ないと学校サボっちゃいそうなほど眠くてさ……」
「打ち込みはどう?」
「ほとんど終わった。あとは微調整だけ」
「さすがだな。一度合わせてやってみたいな」
「今日やろうと思ってる。吉野さんにも話しておくよ」
「いや、今日あいつ休みだ」
「えっ……」
葛城は莉愛の席を見る。
「そうなの?」
「うん。体調不良だって。今日の練習どうしよっか?」
「2人だけするしかないでしょ。体調悪い人を練習させるわけにもいかないし。風邪じゃないよね?」
「うん。頭痛がひどいらしい。熱はないし、喉も痛くないらしい」
「それは良かった。ここで喉を潰されたら終わりだからね」
「…………」
「高見?どうしたんだ?」
「いや……随分仲いいなって思って……」
「そうか?」
「別に普通だと思うけど?」
「あ、ああ……。悪い変なこと言って」
その時ホームルーム開始を告げるチャイムが鳴った。
◇
「はーい」
俺は授業が終わるとすぐに学園を出て、莉愛の家を訪れていた。葛城の家にはこの後自宅に帰ってから行く予定だ。
「あら、幸一君」
出迎えてくれたのは莉愛のお母さんだった。
「お久しぶりです」
「久しぶりねぇ……。いつもあの子が本当にお世話になってます」
莉愛のお母さんは頭を深く下げる。
「…………いえ……」
「今日はあの子のお見舞いに来てくれたの?」
「はい。そんな感じです。進路希望調査表も配られたので渡しておこうと思って」
「ありがとうね。さ、上がって」
「……お邪魔します」
俺は莉愛の家に上がる。
(…………ずいぶんと久しぶりな気がするな……)
実際に家に上がったのは1年ぶりくらいだろう。しかし、俺にはそれ以上の時間が経っているような気がした。
「…………」
階段を上がると莉愛の部屋が見えた。
「……これまだ使ってるのかよ……」
扉には莉愛と書かれたネームプレートがかかってあった。女の子の部屋にはふさわしくない感じの飾り気のない気のネームプレートだ。おまけに莉愛という文字はお世話にも綺麗とは言えないし、バランスはおかしい。
「もっと丁寧に作るんだったな……」
何を隠そうこのネームプレートの製作者は俺だ。中学3年生の時の授業で作ったのだ。俺と莉愛はお互いにネームプレートを作り合ったのだ。今思うと相当バカップルをやっていた。
「…………そうだ。落として角が少し欠けちゃったんだったな……」
俺は苦笑いしながらネームプレートの文字をなぞる。ふれると懐かしいあの頃に帰れるような気がしたのだ。
(さて……今日は遊びに来たんじゃなかったな……)
今日の目的はあくまでお見舞いだ。俺は部屋をノックする。
「…………はい」
「お見舞いに来たぞ」
「幸一君……」
「体調は良くなったか?」
俺はドア越しで話しかける。莉愛だって体調が良くない様子を俺に見せたくはないだろう。
「うん。だいぶ良くなった」
「そっか」
「今、開けるね」
「えっ、ああ……」
すぐに扉が開いてパジャマ姿の莉愛が現れる。
「こんな姿でゴメンね。入って」
「…………ああ」
俺は莉愛に招かれて部屋に入る。部屋の中は女の子らしい可愛い小物やぬいぐるみが置いてあった。
「久しぶりだよな。莉愛の部屋に入るの」
「そうだね。あの時以来かな……」
「…………そっか……」
自分から話題を振っておきながら完全に余計なことを言ってしまったと俺は後悔する。
「ま、元気そうで良かった。忘れないうちにプリント渡しておくな」
俺は鞄から進路希望調査表を含むプリントを出して、机の上に置く。
「うわぁ……進路希望調査表かぁ……」
莉愛は思いっきり嫌そうな顔をする。進路希望調査といっても具体的な大学名を書くわけではない。大学進学か専門学校か就職のどれを現段階で希望しているかを書くだけだ。
「クラスの皆も同じようなリアクションをしてたよ」
「3年のクラス分けに必要になるから必要だってわかるんだけど、何も学園祭前に渡さなくてもいいよねぇ……」
「俺もそう思う。あれかな。あんまり学園祭で調子乗るなよって釘をさす意味もあるのかな」
「そうかも」
「このタイミングで渡そうって考えたの岩橋先生だろうな」
「絶対そうだね」
岩橋先生は学年主任の厳しい女性教師だ。あまり皆に好かれてはいない。
「そういえば今日練習はなかったの?」
「ああ。本番が近づくと休むことは難しいだろうから今のうちに休んでおこうってことになったんだ。俺も万全ってわけじゃないし」
「…………そうなんだ」
「……どうしたんだ?別にお前のせいじゃないぞ。葛城が明日からはスパートをかけていくって言ってた」
「スパルタだね」
「ホントあいつスパルタだよな。俺、最近は2時間程度しか寝れていないし」
「学園で寝てるじゃん」
「う……それを言うなよ……」
「すごい練習してるんだね」
「葛城が1日10時間は弾けっていうからな」
「10時間は……すごいね……」
「身体がボロボロだよ。今でも眠たいし」
「でも、今日も10時間練習するんでしょ?」
「ああ。サボりたい気持ちはあるけど、せっかくここまでできるようになったんだ。自分がどれほど弾けるようになるか確かめてみたいんだ」
「…………そっか……」
「実際俺達の3人の中で一番下手なの俺だしな」
「そうかなぁ……?私も下手だと思うけど」
「葛城はお前のこと褒めてたぞ。素人にしては上手いって」
「よかった。今日は学園でどんなことがあった?」
「別にそんなに変わったことはなかったぞ。いつも通り」
「幸一君の口から聞きたいな」
「授業については三峰とか他の奴に当たってくれよ。今日も授業はほとんど寝てたらから聞いてない」
「授業はしっかり聞かないとダメだよ。期末テスト助けてあげないよ」
「えっ……それは困るな……。お前にノート見せてもらうこと前提だったんだけど……」
「どうしよっかなー?」
莉愛は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「頼むよぉ……。今はギターが大事なんだ」
「学園祭のステージが上手くいったら考えてあげる。ギターのソロパート間違えちゃったら見せてあげない」
「こりゃますます練習がんばらないとな……。あっ、そうだ。明日なんだけど、ステージでリハーサルしてもいいって高橋先生に言われた」
「そうなんだ。許可取れて良かったね」
一度本番のステージで楽器の音を合わせたいということで、葛城は高橋先生に頼んでいた。その際に一度通し練習をして感覚を掴むのもいいだろう。その後も俺は莉愛に今日あったくだらないことを話した。
「じゃあ、俺行くわ」
俺は立ちあがり、カバンを持つ。
「うん。お見舞いありがとう。練習頑張ってね」
「ああ」
「あっ、そうだ。お母さんが作ったチーズケーキあるんだ。持っていって」
「……懐かしいな。ありがたくもらっていくよ」
莉愛も立ち上がり、俺と一緒に1階に下りる。
「お母さん、チーズケーキを一幸君に渡してもいい?」
「ええ、もちろんよ。2つ作ったからホールごと持って帰ってね」
「えっ……1ホール?ウチ3人家族……」
「冷蔵庫に入れれば少しは持つから何日かに分けて食べてね」
「……じゃあ……遠慮なく」
1ホール丸ごともらうのは気が引けたが莉愛のお母さんの善意を断るのも申し訳なかった。莉愛のお母さんはチーズケーキを冷蔵庫から取り出し、いい感じの紙袋に皿ごと入れてくれる。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「また来てね」
「…………はい」
「玄関まで送るね」
「……ありがとう」
俺は玄関で靴に履き替える。
「こんなにいっぱい食べきれるかな……?」
「お母さんとお父さんと一緒に食べたらいいんじゃないかな」
「…………たぶん2人とも食べないと思う」
「…………………そうかもね……」
「まあ、もらった以上責任をもって俺が食べるよ」
「そうだ。葛城さんにも分けてあげてよ。これから行くんでしょ?」
「え……」